左脳の側頭板の灰白質の容積
目次
用語の範囲と背景
「側頭板」は日本語の神経解剖学で標準的な用語ではありません。臨床・研究文脈で近い構造として最もしばしば議論されるのは、上側頭回の後背側に位置する「側頭平面(planum temporale)」です。本項では、言語と聴覚処理に深く関わり、左側優位の非対称性で知られる側頭平面の灰白質容積を主題として説明します。
側頭平面はヘシュル回(一次聴覚野)の後方に広がる皮質領域で、音韻処理や聴覚シーン解析などに関連します。古典的研究から、左が右より大きい形態的非対称性が高頻度に認められます。この左右差は個体差も大きく、言語機能との関連が注目されてきました。
灰白質容積は、ニューロン細胞体、樹状突起、グリアなどからなる皮質層の体積を指します。MRIではT1強調画像をもとに、組織学的境界を推定して灰白質を抽出し体積化します。体積は皮質の厚みと表面積の双方の影響を受け、発達・加齢・疾患の影響指標になります。
左側頭平面灰白質容積の理解には、定義(どこからどこまでを測るか)、頭蓋内体積での補正、年齢・性別の影響、測定手法(ボクセル法か表面法か)を明確にすることが不可欠です。これらの要因は報告値の比較可能性や臨床的解釈に大きく影響します。
参考文献
- Asymmetries in the temporal speech region (Science, 1968)
- Mapping brain asymmetry (Nat Rev Neurosci, 2003)
測定方法と理論
計測は主に二法に大別されます。ボクセルベース形態計測(VBM)は、画像を標準空間へ変形・正規化し、灰白質確率マップを平滑化して各ボクセルの灰白質量の群間差や回帰関係を検出します。体積はボクセルの総和として得られます。
もう一つは表面ベース形態計測(SBM)で、白質-灰白質境界と灰白質-髄液境界を再構成して皮質表面をメッシュ化し、局所皮質厚や表面積を評価します。側頭平面のような溝・回が複雑な領域では、表面ベースのパーセル(例:Destrieuxアトラス)で解剖学的領域を抽出し、体積を厚さ×面積の近似で算出します。
どの手法もアーチファクトや正規化誤差、平滑化カーネルの選択に影響を受けます。特に左右差解析では、左右反転テンプレートの利用や個人内でのミラーリング評価など、非対称性を正しく扱う前処理が重要です。
測定値は頭蓋内体積(ICV)で補正し、年齢と性でモデリングしたうえでZスコアや百分位で解釈することが推奨されます。最近は大規模データに基づくノルム(UK Biobank、ENIGMA)やライフスパン脳チャートが参照として用いられます。
参考文献
- Voxel-based morphometry—The methods (NeuroImage, 2000)
- Cortical surface-based analysis (NeuroImage, 1999/2002)
- Automatic parcellation of human cortical gyri and sulci (NeuroImage, 2010)
遺伝と環境の寄与
双生児や家系研究から、皮質形態には中等度から高い遺伝率が報告されています。側頭葉皮質の厚み・表面積・体積は一般に40〜70%程度が遺伝で説明されるとする報告が多く、残りは共有・非共有環境や測定誤差に起因します。
全脳規模のGWASでは、皮質表面積は遺伝的寄与が高く、厚みはやや低い傾向が示されます。側頭平面の左右差にも遺伝的要因が関わる可能性が示唆されていますが、推定値には研究間の不一致があり、方法依存性も大きいのが実情です。
発達期の経験(言語環境、音楽訓練など)は可塑性を通じて形態に影響し得ます。とくに聴覚関連皮質は訓練依存的な厚みや体積変化が報告されていますが、効果量は小〜中程度で、縦断的再現が重要です。
したがって、本領域の灰白質容積に対する遺伝:環境の比率は、おおまかに50
(広い範囲で40〜70)とみなされることが多いものの、個々のサンプル・測定法・年齢層で有意に変動します。参考文献
- The genetic architecture of the human cerebral cortex (Nature, 2020)
- Genetic and environmental influences on cortical thickness (J Neurosci, 2012)
解釈と正常範囲
左側頭平面は平均的に右より大きく、左優位の非対称性が「典型」とされます。ただし個人差は大きく、右優位や左右対称も一定割合で存在します。体積の大きさは言語能力と単純比例するわけではなく、機能結合や微細配線も重要です。
正常範囲は絶対値ではなく、ICV補正・年齢・性を加味した集団分布に対する位置(Zスコア、百分位)で表すのが実用的です。大規模コホートのノルムやベイズ的ノーマティブモデリングが臨床研究で用いられています。
測定値の解釈では、画像品質(動き、コントラスト)、セグメンテーションの妥当性、パーセレーションの適合度を確認する必要があります。左右差は同一個体内比較で頑健になりやすいです。
異常に小さい/大きい値が得られても、それ単独で診断を裏付けることは困難です。症状・神経心理学的評価・他の画像所見と複合的に判断すべきです。
参考文献
- Brain charts for the human lifespan (Nature, 2022)
- Toga & Thompson, Mapping brain asymmetry (Nat Rev Neurosci, 2003)
臨床的意義と対処
左側頭平面は音韻処理・語音認知・聴覚シーン解析に関与します。失語症や発達性読み書き障害、てんかん(側頭葉てんかん)などで形態や左右差の変化が報告されていますが、群平均の傾向であり、個人診断の性能は限定的です。
もし外れ値が疑われる場合は、まず技術的要因(動き、フィールド不均一、パーセルの誤割り当て)を除外し、別セッションでの再撮像や別ソフトでの再解析を検討します。ICV補正と年齢・性の適切なモデリングも再確認します。
臨床的症状(言語の理解・復唱・呼称障害、聴覚過敏・聴覚失認など)がある場合は、神経内科・脳神経外科や言語聴覚士と連携し、機能検査(聴覚課題fMRI、MEG、神経心理検査)と合わせて総合評価するのが望ましいです。
介入としては、基礎疾患の治療やリハビリテーション(言語療法、聴覚トレーニング)を行います。形態指標は経時変化の客観的フォローに有用ですが、個々の治療反応性を完全に予測するものではありません。
参考文献

