
ベクトルの導入と演算
目次
1. ベクトルの定義
(1) ベクトルの定義と表記
をなどの数とすると、ベクトルとは以下のように数を縦に複数を並べたもので、記号としてはのようにボールド体を用いて表します。
なお、以下のように数を横に並べてベクトルとする場合もありますが、特に縦横の指定がなくベクトルが定義された場合は縦に数字を並べたベクトルと解釈することに注意して下さい。
とは数学的に異なり、両者を区別するためにを縦ベクトル、を横ベクトルと呼びます。後述する行列の考え方を用いると、は行列の行列で、は行列の行列としてはっきり区別されます。
※ より正確に述べますと、単純に数を並べただけではベクトルとは呼びません。後述する和(差)とスカラー倍が決められている場合にベクトルと呼びます。
(2) ベクトルの次元と成分
並べられた数が個のベクトルは 次元のベクトルと呼びます。また、並べられたそれぞれの数はベクトルの成分と言います。
ベクトルの次元と成分を簡潔に表記する方法があります。まず、実数全体の集合を、複素数全体の集合をと表記します。また、成分が全て実数の次元ベクトル全体の集合を、成分に複素数を含む次元ベクトル全体の集合をと表記します。このとき、ベクトルが実数成分の次元ベクトルであること、すなわち次元の実ベクトルであることを、成分に複素数を含む次元のベクトル、すなわち次元の複素ベクトルであることをと表記します。
(3) 様々なベクトル(1):ゼロベクトル
すべての成分が0であるベクトルをゼロベクトルと呼び、 や と表記します。
(4) 様々なベクトル(2):単位ベクトル
単位ベクトルとは、大きさ(ノルム)が1のベクトルです。
※ ノルムの詳細については1章4節を参照して下さい。
(5) 様々なベクトル(3):幾何ベクトル
2次元または3次元のベクトルは原点からその成分が表す座標への矢印とみなすことが可能であり、その意味でベクトルは大きさと向きを持つ量とも言えます。
このようにベクトルの幾何学的側面を強調して記述する場合、そのベクトルを幾何ベクトルと呼び、のように表します。
(6) 様々なベクトル(4):位置ベクトル
原点を始点として平面や空間上の点 などへのベクトルを特に位置ベクトルと呼び、以下のように表現されます。
(7) 様々なベクトル(5):方向ベクトル
直線や線分と平行なベクトルを方向ベクトルといいます。
2点 , を通る直線の方向ベクトルは以下です。
また、以下の直線の方程式においては方向ベクトルがで与えられます。
※ 空間の直線の方程式の詳細については[2章][2]を参照して下さい。
(8) 様々なベクトル(6):法線ベクトル
ある直線や平面に対して垂直なベクトルを法線ベクトルといいます。
例えば、直線 に対する法線ベクトルは
です。
また、平面 に対する法線ベクトルは
です。
※ 平面の方程式の詳細については[2章][2]を参照して下さい。
2. ベクトルの和と差
(1) ベクトル和の定義
との和は次元が等しい場合、つまり場合に定義されと表記し、その成分は対応する成分の和とします。すなわち、, とすると、との和は以下です。
(2) ベクトルの差の定義
との差は次元が等しい場合、つまり場合に定義されと表記し、その成分は対応する成分の差とします。すなわち、, とすると、との差は以下です。
(3) 和(差)の性質
について、以下が成立します。
証明をみる
, とすると、
より、成立します。
について、以下が成立します。
証明をみる
, , とすると
より、成立します。
3. ベクトルのスカラー倍
(1) スカラーの定義
スカラーとは、のようなベクトルではない1次元の普通の数を指す言葉で、ベクトルでないことを強調する際に用います。をスカラーとした場合、が実数であれば、が複素数であればと表記します。
(2) スカラー倍の定義
スカラー によるベクトル のスカラー倍は以下のように定義されます。
(3) スカラー倍の性質
と について、以下が成立します。
証明をみる
とすると、
より成立します。
とについて、以下が成立します。
証明をみる
, とすると、
より成立します。
4. ベクトルの内積とノルム
本節では実ベクトルの内積を扱います。複素ベクトルに拡張した内積については[13章][13]を参照して下さい。また、本節以降では縦ベクトルの成分を横に並べた横ベクトルを、簡単のためと表記することにします。はの転置という概念であり、詳細については[3章][3]を参照して下さい。
(1) 内積の定義
との内積は同じ次元、すなわちの場合に定義され、と表記し、以下で定義されます。
は、, とすると、以下で定義されます。
内積は2つのベクトルからスカラーを与える演算であることに注意して下さい。また、をと表記することがあることにも注意して下さい。
(2) 内積の性質
について、以下が成立します。
証明をみる
の第成分をそれぞれとすると、
について、以下が成立します。
証明をみる
の第成分をそれぞれとすると、
について、以下が成立します。
証明をみる
の第成分をとすると、
(3) ノルムの定義
のノルムはと表記し、自身との内積の平方根で以下のように定義されます。なお、ノルムは長さや大きさとも呼ばれます。
(4) ノルムの性質
以下の性質があります。
について、以下が成立します。
証明は割愛します。
(5) 内積とノルムに関する定理(1):単位ベクトル
ゼロベクトルでないについて、は単位ベクトルとなります。
証明をみる
のノルムがであることを示せば十分です。とおくと、
よって、題意成立となります。
(6) 内積とノルムに関する定理(2):内積とノルムの関係
とが2次元または3次元の実ベクトルであるとき、その2つのベクトルの成す角をとすると、内積は以下にように表現できます。
証明をみる
2次元平面または3次元空間上において、原点 、点 (位置ベクトル )、点 (位置ベクトル )をとります。三角形 について、辺の長さは、、となります。また、 が と のなす角です。余弦定理より
となります。一方、内積の性質から
となります。従って、
両辺から を消去して で割ると
となります。以上より、題意成立となります。
(7) 内積とノルムに関する定理(3):2つのベクトルが成す角度
とが2次元または3次元の実ベクトルであるとき、その2つのベクトルの成す角をを以下のように求めることができます。
証明をみる
内積とノルムの関係式を式変形することで得られます。
(8) 内積とノルムに関する定理(4):直交の判定
とが2次元または3次元の実ベクトルであるとき、「とが直交」と「」は同値です。
証明をみる
内積とノルムの関係式でを代入することで証明できます。
(9) 内積とノルムに関する定理(5):コーシー・シュワルツの不等式
について、以下が成立します。
証明をみる
について
となります。これは、の2次式とみなした際の判別式が非正であることと同値なので、
となります。以上より、題意成立となります。
※ 以下の関係式においてがからであることを用いる証明では、2次元または3次元ベクトルに対する証明にしかならないことに注意して下さい。
(10) 内積とノルムに関する定理(6):三角不等式
について、以下が成立します。
証明をみる
となります。ここで、コーシー・シュワルツの不等式を用いると、
となります。従って、
となり、題意成立となります。
(11) 内積の公式 (1)
について、以下が成立します。
※ は行列です。行列については[3章][3]を参照してください。
証明をみる
の第成分をとすると、
となり、題意成立となります。
5. 外積
本節では定理や証明に[2章][2]で扱う正射影ベクトル、[3章][3]で導入する行列、[5章][5]で定義する行列式・余因子展開・置換などが登場します。適宜読み飛ばすか該当の章を参照して読み進めて下さい。
(1) 外積の定義
内積は2つのベクトルからスカラーを得る演算ですが、外積は2つのベクトルからベクトルを演算です。
の外積は以下のように定義されます。
(2) 外積の行列式による表現
行列式の余因子展開に倣ったベクトル値ラプラス展開(成分にベクトルが含まれる行列の余因子展開)を用いると、外積は以下のように表現できます。
とし、また、とすると、
と書けます。
証明をみる
ベクトルが1行目に含まれた行列の行列式は、ベクトル値ラプラス展開によって定義されます。具体的には、第1行目に関する余因子展開として以下のように定義されます。従って、
となり、題意成立となります。
ベクトル値ラプラス展開においても通常の行列式と同様に以下のような交代性・線形性・スカラー倍が成立します。これは、ベクトル値ラプラス展開の各成分が 2×2 行列式(=通常のスカラー行列式)になっているためです。2×2 行列式は行(列)ごとに線形で、行を入れ替えると符号が反転します。この性質がそのまま ベクトル値ラプラス展開の各成分に伝播することで成立します。
、また、とし、
と定義すると、以下の性質が成り立ちます。ただし、、で、とします。
- 交代性:
- 線形性・スカラー倍①:
- 線形性・スカラー倍②:
証明は割愛します。
(3) 外積の行列による表現
外積は行列とベクトルの積としても表現できます。
ベクトル に対し、以下の反対称行列
を定めると、任意の に対して
が成り立ちます。
証明をみる
とすると、
となり、題意成立となります。
(4) 外積の性質
外積は以下の性質を満たします。いずれも成分を用いて証明ができます。
について以下が成り立ちます。
証明をみる
、また、とすると、外積は
と書けます。ここで第2行と第3行 と )を交換すると行列式は符号が反転するので
ですが、左辺はまさに です。したがって
が成立します。
について以下が成り立ちます。
証明をみる
、また、とすると、外積は
と書けます。第3行に関して行列式は線形なので
したがって所望の分配法則が成り立ちます。
, について以下が成り立ちます。
証明をみる
、また、とすると、外積は
と書けます。第2行( の行)に関して行列式は線形なので
従って、題意成立となります。
(5) 外積の公式 (1):スカラー三重積
3つのベクトル に対して、以下をスカラー三重積(または混合積)といいます。
スカラー三重積はスカラーであり、幾何学的には によって張られる平行六面体の符号付き体積を表します。
証明をみる (幾何学的証明)
外積の大きさと方向(定理1.xx)より
となります。ここで は のなす角であり、 は に直交し、右手系で向きが定まります。ゆえに
となります。ここで は と のなす角です。今、底面()の面積、はの方向への正射影ベクトルなので、
となります。符号は、 が右手系(正の向き)なら正、左手系(負の向き)なら負として与えられます。したがって
は平行六面体の符号付き体積を与えます。
証明をみる (行列式を用いた証明)
、また、 とすると
行列式は、3本のベクトルから張られる平行六面体の体積の符号付き版(3線形性・交代性・単位立方体で値1)を特徴づける唯一の関数であるため、
は平行六面体の符号付き体積に等しくなります。
(6) 外積の公式 (2):スカラー三重積の巡回対称性
3つのベクトル に対して、以下の性質が成り立ちます。
証明をみる
定理1.25の証明より、
行列の行を や と巡回する操作は 3-巡回置換であり、これは偶置換なので行列式の値は不変。したがって
すなわち
となります。
(7) 外積の公式 (3):ベクトル三重積
3つのベクトル に対して、以下をベクトル三重積といいます。
ベクトル三重積はベクトルであり、以下の性質が成り立ちます。
証明をみる
ベクトル ,, とします。まず の成分は外積の定義より
です。
次に, を計算します。
各成分を整理する。
(1) 第1成分
これを の第1成分と比較します。
したがって、第1成分は
となり、これは上で計算した第1成分と一致します。
(2) 第2成分
同様に計算すると
となります。
一方,式 の第2成分は
これも一致します。
(3) 第3成分
同様に計算すると
となります。
一方,式 の第3成分は
これも一致します。
(1)(2)(3)より3つの成分が全て一致するので
が成り立ちます。
(8) 外積の公式 (4):外積の恒等式
について、以下の高等式が成り立ちます。
\begin{align} (\mathbf u\times \mathbf v)\cdot(\mathbf x\times \mathbf y) \= (\mathbf u\cdot \mathbf x)(\mathbf v\cdot \mathbf y)-(\mathbf u\cdot \mathbf y)(\mathbf v\cdot \mathbf x) \end{align}証明をみる
ベクトル三重積(BAC–CAB)の公式
\begin{align} \mathbf a\times(\mathbf b\times \mathbf c) \= \mathbf b(\mathbf a\cdot \mathbf c)-\mathbf c(\mathbf a\cdot \mathbf b) \end{align}を用います。まず以下のように変形します。
第2式から第3式への変形には、
のスカラー3重積の公式を、, , とおいて利用しています。ここで BAC–CAB を に適用すると
したがって
求める等式が得られます。
(9) 外積の公式 (5):行列の恒等式
、また、をの単位行列としたとき、以下の行列について、
以下の恒等式が成り立ちます。
証明をみる
についてベクトル三重積の公式 を行列形で書くと
となります。定理1.21の内積の公式(1)から、
となり、
がわかります。これが任意のについて成立するため、
となります。ここで、半対称行列の性質である を用いると
が得られます。
(10) 外積の公式 (6):ラグランジュの恒等式
について、以下の恒等式が成立します。
証明をみる
定理1.29の行列の恒等式より、
となり、求める恒等式が得られます。
(11) 外積の向き
について、の方向はをへ重ねるように右ねじを回した際の方向です (回す角度は以下)。外積はとが含まれる平面に垂直な方向になります。
証明をみる (成分計算による証明)
、 とします。外積の成分は
まず、(1) を示します。 左辺を成分で展開すると
続いて (2) を示します。
(1)(2)より
したがって は と の両方に直交します。
証明をみる (行列式を用いた証明)
スカラー三重積の性質を用いると
となります。行列式は列(または行)が同一なら なので
同様に
となります。よって直交性が示されました。
(12) 外積のノルム
、また、これらのベクトルの成す角をとすると、外積のノルムは以下です。
外積の大きさはとが作る平行四辺形の面積に相当します。
証明をみる
定理1.30のラグランジュの恒等式より、
です。定理1.16の内積とノルムの関係式 を代入すると
両辺は非負なので平方根を取って
が得られます。
6. 1次独立と1次従属
(1) 1次独立
ベクトル が 1次独立であるとは、以下の線形結合がゼロベクトルになるとき、すべての係数が 0 に限ることを言います。
すなわち、ベクトル同士が互いに冗長でなく、それぞれが独立した方向を持つこと(=どんな2つのベクトルも平行ではないこと)を意味します。
なお、2つのベクトルが1次独立の場合、と表記することがあります。
(2) 1次従属
ベクトル が 1次従属であるとは、ゼロでない係数を用いた線形結合がゼロベクトルになる場合です。
つまり、少なくとも1つのベクトルが他のベクトルの線形結合として表されることを意味します。
なお、2つのベクトルが1次独立の場合、と表記することがあります。


