Vermis Crus II 小脳の灰白質の容積
目次
概要:Vermis Crus II と灰白質容積とは
Vermis Crus II は、小脳の正中部(虫部)において、半球側の Crus II に相同な領域として高分解能アトラスで定義される区画です。古典的解剖書では虫部の小葉VI–VIIの一部に相当し、運動だけでなく認知・情動ネットワークと強く結びつく後方小葉群に含まれます。
灰白質容積とは、その領域内に含まれる神経細胞体や樹状突起、グリアなどで構成される灰白質の体積を指します。MRIのT1強調像から組織分類(セグメンテーション)を行い、領域ごとに体積を算出することで、個体差や疾患に伴う変化を定量化できます。
Vermis Crus II の灰白質容積は、加齢、性差、遺伝的背景、学習経験、疾患など多様な要因で変動しうると考えられています。特にCrus I/IIは大脳のデフォルトモードや実行系ネットワークと機能的に連結しており、容積差が認知・情動機能の個人差に関係する可能性が示唆されています。
この領域の定義には小脳特化の空間正規化とアトラスが重要です。SUIT(Spatially Unbiased Infratentorial Template)などのツールは、小脳の折り畳み構造を精密に整合させ、Vermis Crus II を含む小葉別の解析を高精度に行えるよう設計されています。
参考文献
- A probabilistic MR atlas of the human cerebellum (NeuroImage, 2011)
- SUIT toolbox (Diedrichsen Lab)
- The organization of the human cerebellum estimated by intrinsic functional connectivity (Buckner et al., 2011)
- Functional topography in the human cerebellum: A meta-analysis (Stoodley & Schmahmann, 2009)
測定法:定量の実務と理論
灰白質容積の定量は、主にT1強調MRIを用いたボクセルベース形態計測(VBM)や表面/体積ベースのセグメンテーションで行われます。組織分類アルゴリズムが各ボクセルを灰白質・白質・脳脊髄液に分類し、領域アトラスでマスクすることで容積が算出されます。
小脳は折り畳みが強く、大脳向けの標準空間では位置合わせ誤差が生じやすいため、SUITに代表される小脳特化の正規化テンプレートが推奨されます。これによりVermis Crus II の境界がより一貫して同定され、群比較や相関解析の信頼性が向上します。
近年はCERESやACAPULCOなど、小脳小葉の自動分節化ツールが登場し、個人データから半自動的にCrus I/IIや虫部対応領域の体積を得ることが可能になりました。解析では頭蓋内容積で補正し、年齢・性別・スキャナ差の調整やハーモナイゼーションも重要です。
理論的には、灰白質容積は神経細胞体密度や樹状突起の総量、グリアの体積、細胞外空間など複合的要素のマクロ指標です。したがって容積差は必ずしもニューロン数のみを反映せず、シナプスやグリアの可塑性、浮腫や脱髄といった病態の影響も受けます。
参考文献
- Voxel-based morphometry—the methods (Ashburner & Friston, 2000)
- SUIT toolbox (Diedrichsen Lab)
- CERES: Cerebellum lobule segmentation (volBrain)
- Harmonization of cortical thickness across sites (Fortin et al., 2018)
遺伝・環境要因:寄与の概略
小脳全体や小葉別体積の双生児研究では、遺伝率は中等度から高いとされる報告が多く、概ね50~80%の範囲に収まることが示されています。ただし小葉や解析法によりばらつきがあり、Vermis Crus II 固有の推定は限られます。
一方、SNPベースの広義遺伝率(SNP-heritability)は双生児法より低めに見積もられる傾向があり、UK Biobankなどの大規模研究では小脳小葉の一部で20~50%程度の値が報告されています。これらは共通多型に起因する効果の下限推定と解釈されます。
環境要因としては発達期の経験、運動・学習、ストレス、栄養、疾患や薬物、スキャナ由来の測定誤差などが寄与します。非共有環境の影響は30~50%程度と推定されることが多く、可塑性やライフイベントが体積に及ぼす可能性を示唆します。
要約すると、Vermis Crus II の灰白質容積に対する遺伝と環境の比は、おおむね遺伝40~70%、環境30~60%とみなすのが現実的です。ただし研究デザイン、年齢層、解析パイプラインにより推定値は変わるため、個別研究の前提条件を必ず確認する必要があります。
参考文献
- Genome-wide association of brain MRI phenotypes (Elliott et al., 2018)
- Heritability of brain structure (Peper et al., 2007)
- An expanded set of brain imaging phenotypes in UK Biobank (Smith et al., 2021)
数値の解釈と正常域
小葉レベルの“正常値”は、アトラスやセグメンテーション法、空間正規化の違いで絶対値が変わるため、普遍的な閾値は存在しません。したがって年齢・性別・頭蓋内容積で補正したzスコアやパーセンタイルにより相対評価するのが実務的です。
一個人の低値/高値は、加齢変化や体格差、左右差、測定誤差、解析パラメータの違いで見かけ上生じることがあります。複数時点の再現性、別ソフトでの再解析、スキャナ依存性の確認などで頑健性を検証することが重要です。
集団比較では、多重比較補正や効果量の提示、交絡因子の調整(教育歴、運動習慣、薬物、併存疾患)を行い、Vermis Crus II 特異的効果か、広範な小脳変化の一部かを吟味します。解釈は機能的結合や行動指標との関連づけで補強されます。
臨床では、単独の容積値で診断はできません。神経学的所見、他の脳領域の構造・拡散・機能画像、遺伝学的情報を総合して判断します。明確なカットオフがないため、ノルマティブモデリングや大規模既報との比較が有用です。
参考文献
- Differential vulnerability of the cerebellum to aging (Sullivan & Pfefferbaum)
- Harmonization of large MRI datasets (Pomponio et al., 2020)
- SUIT toolbox (Diedrichsen Lab)
臨床的意義と研究の展望
Crus I/II とその虫部相同領域は、認知制御、言語、ワーキングメモリ、社会認知、情動調整に関与するネットワークと連結しており、容積差は発達・精神・神経変性疾患のリスクや表現型と関連しうると示されています。
自閉スペクトラム症、統合失調症、うつ病、不安症、アルコール関連障害、脊髄小脳変性症などで小脳後方小葉の灰白質変化が報告されていますが、効果の大きさは疾患・病期・治療で異なり、一貫しない結果もあります。
今後は多施設データのハーモナイズ、前向き縦断研究、遺伝子多型やポリジェニックリスクとの統合、機能的結合や行動課題とのマルチモーダル解析が、Vermis Crus II の意義をより精密に描き出す鍵になります。
臨床応用では、個別化医療の観点から、ノルマティブモデリングに基づく逸脱指標、介入に伴う灰白質変化のバイオマーカー化、治療反応予測などが期待されますが、再現性と外的妥当性を担保する標準化が不可欠です。
参考文献

