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QRS持続時間

目次

定義と概要

QRS持続時間は、心電図で心室の脱分極が始まってから終わるまでの時間を示し、電気信号がヒス・プルキンエ系から心室筋へ広がる速さと同期性を反映します。一般的にはミリ秒で表され、心室内伝導の効率や障害の有無を評価する基本指標です。

通常の成人ではおよそ70〜110msが目安で、120ms以上は心室内伝導遅延や脚ブロック(右脚ブロック、左脚ブロック)を示唆します。幅の広いQRSは、同期不全や基礎心疾患の存在を疑わせ、予後情報にもつながります。

QRS幅は加齢、性別、体格、心筋の線維化、虚血、電解質異常、薬剤(ナトリウムチャネル遮断薬など)、デバイス(ペースメーカ)の影響を受けます。したがって一定の個体差があり、文脈に応じた解釈が求められます。

臨床では、単独指標というより他の心電図所見(軸、QRS形態、ST-T変化、PR・QT間隔)や症状、画像検査所見と合わせて総合的に評価されます。QRSは“電気的時間”であり、機械的収縮の効率とも密接に関係します。

参考文献

測定と定量法

標準12誘導心電図では紙送り25mm/秒、感度10mm/mVが一般で、QRS開始(Q波またはR波の立ち上がり)からS波の終末点までを測定します。12誘導のうち最も幅広く見える誘導で、少なくとも3拍の平均をとるのが推奨されます。

デジタル心電計では500Hz以上の標本化周波数が推奨され、終末部の低電位成分を正確に同定するためのフィルタ設定にも注意が必要です。機器自動解析値は便利ですが、ノイズや低電位、デルタ波などで誤差が生じるため目視確認が不可欠です。

理論的には、QRSは心室内の全ての心筋が脱分極し終えるまでの最長伝導経路の時間を反映します。ヒス・プルキンエ系が保たれていれば急峻で短いQRSになり、脚ブロックや心筋内の伝導遅延があると延長します。

ベクトル心電図や心内電位記録はより局在的な情報を与えますが、日常診療では12誘導心電図の時間計測が基本です。反復測定の一貫性確保がフォローアップや治療効果判定に重要です。

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臨床的意義

QRS延長は脚ブロック、心室内伝導遅延、心筋症、虚血や線維化、WPW症候群、薬物・電解質異常など多様な病態の手がかりになります。背景疾患の同定が第一歩です。

心不全では左脚ブロックかつQRSが長いほど機械的不同調が強く、心臓再同期療法(CRT)の奏効可能性が高まります。ガイドラインはLBBBかつ150ms以上で強い推奨を与えています。

救急では、著明なQRS延長は高カリウム血症や三環系抗うつ薬中毒など致死的不整脈の前兆であり、速やかな電解質矯正や重曹投与などの治療が必要です。

予後面では、QRS延長は心不全患者の死亡・入院リスク上昇と関連します。したがって、単なる“数字”ではなくリスク層別化ツールとして位置づけられます。

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遺伝と環境

QRS持続時間には遺伝的寄与があり、ゲノムワイド関連解析で多数の関連領域が同定されています。これらはナトリウムチャネル、細胞間結合、心筋構造に関わる遺伝子群を含みます。

家系・双生児・集団研究を総合すると、QRSの遺伝率は概ね30〜40%程度と報告され、残りは環境や加齢、併存疾患、薬剤、電解質などの影響と考えられます。

環境要因には血圧や心室肥大をもたらす負荷、虚血性心疾患、炎症、生活習慣(運動・肥満・喫煙)などが含まれ、可逆的な要素も少なくありません。

遺伝因子は素因として基礎値や反応性に影響しますが、生活習慣改善や基礎疾患治療によりQRS幅が縮小する例もあり、介入可能性は十分にあります。

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異常時の対応

QRSが120ms以上で症状(失神、動悸、息切れ)がある、あるいは新規出現・進行が疑われる場合は、12誘導心電図の詳細評価、電解質・薬剤歴の確認、心エコーでの構造評価が推奨されます。

高カリウム血症では静注カルシウム、インスリン・ブドウ糖、β2刺激薬、原因薬剤中止など、薬物中毒では重曹投与やリピッドレスキューなど、原因に即した緊急治療が重要です。

慢性心不全でLBBBかつQRS≥150ms、適切な薬物療法下で症状が続く場合はCRT適応を検討します。右脚ブロックや非特異的遅延では個別判断が必要です。

無症候で安定・軽度延長の場合は、危険薬剤の回避、血圧・代謝・虚血の管理、フォローアップでの経時変化の監視が基本となります。

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