HIV感染後の病態特性
目次
- 総論:HIV感染後に体内で何が起きるか
- 臨床経過と症状:急性期から慢性期、AIDS期へ
- 発生機序:ウイルス侵入、免疫活性化、潜伏化
- 遺伝的要因:CCR5Δ32とHLA型など
- 環境要因:併存症、生活習慣、医療アクセス
- 治療・予防:ART、U=U、PrEP/PEP
総論:HIV感染後に体内で何が起きるか
HIVは主にCD4陽性Tリンパ球に感染し、侵入・複製・細胞破壊を繰り返します。感染初期にはウイルス量が急上昇し、一過性の発熱や咽頭痛などインフルエンザ様の症状がみられることがあります。その後、免疫応答によりウイルス量は低下し、症状が乏しい慢性持続感染期が数年続くのが一般的です。
治療がない時代には、CD4数の漸減に伴い、日和見感染や腫瘍などAIDS指標疾患が発症しました。しかし現在は、組合せ抗レトロウイルス療法(ART)が標準で、早期開始と高いアドヒアランスにより、ウイルス量を持続的に検出限界未満に抑え、免疫能の回復と長期予後の改善が期待できます。
HIVの病態はウイルスそのものによる細胞障害だけではなく、慢性的な免疫活性化と炎症が全身で持続することが大きな特徴です。これが心血管疾患や腎疾患、骨粗鬆症、神経認知機能障害など、非AIDS合併症のリスク上昇に関与していると考えられています。
病態の個人差には、ウイルス側(サブタイプ、耐性変異)、宿主側(遺伝的背景、免疫応答)、環境側(併存疾患、栄養、喫煙、医療アクセスなど)の要因が複合的に寄与します。特定の割合で説明できる単純なモデルではなく、時間とともに変動する動的な相互作用として捉える必要があります。
参考文献
臨床経過と症状:急性期から慢性期、AIDS期へ
急性HIV感染は通常、感染後2〜4週間で発症し、発熱、咽頭痛、リンパ節腫脹、発疹、筋肉痛、頭痛、下痢など非特異的な症状が数日から数週間続きます。第四世代抗原抗体検査や核酸増幅検査(NAT)で早期診断が可能です。
慢性無症候期では自覚症状が乏しい一方、CD4細胞はゆっくりと減少します。この間も他者への感染性はありますが、ARTによりウイルス量を検出限界未満に抑えれば、性行為での感染は実質的にゼロ(U=U)と示されています。
免疫不全が進行すると、口腔カンジダ症、帯状疱疹、ニューモシスチス肺炎、サイトメガロウイルス感染、カポジ肉腫、結核などの日和見感染・腫瘍が出現します。適切な治療と予防内服で多くは回避可能です。
近年はARTの普及によりAIDS発症例が減少する一方、慢性炎症に関連した心血管疾患や腎・骨・肝疾患、うつ・不安などメンタルヘルスの課題が注目されています。総合的な慢性疾患管理が重要です。
参考文献
発生機序:ウイルス侵入、免疫活性化、潜伏化
HIVはgp120を介してCD4レセプターに結合し、共受容体としてCCR5またはCXCR4を利用して細胞内へ侵入します。逆転写酵素によりウイルスRNAはDNA化され、宿主ゲノムへ組み込まれます。以後、ウイルス蛋白が合成・組み立てられ、新たなウイルス粒子が出芽します。
感染初期はCCR5利用株が主流で、これに対する自然免疫因子(APOBEC3G、TRIM5αなど)や適応免疫が応戦します。完全排除は困難で、リンパ組織や中枢神経などに潜伏感染細胞(リザーバー)が形成され、治療中も消えにくいことが治癒困難の本質です。
HIV感染では腸管粘膜のリンパ組織が早期から損傷し、微生物産物の血中漏出(microbial translocation)が慢性炎症を助長します。これが免疫老化、凝固異常、動脈硬化の促進に寄与します。
ウイルス側の耐性変異は薬剤圧の下で選択され得ますが、現在の推奨レジメンは耐性バリアが高く、適切な服薬で耐性化のリスクは大幅に低減します。治療中断はウイルス反跳と免疫低下を招くため避けるべきです。
参考文献
- NIH HIVinfo: The Science of HIV – How HIV Infects Cells
- Nature Reviews Immunology: Immune activation and HIV pathogenesis (review)
- CDC: HIV Drug Resistance
遺伝的要因:CCR5Δ32とHLA型など
宿主遺伝子は感染感受性と病態進行に影響します。欧米系集団で見られるCCR5Δ32ホモ接合体はCCR5の機能欠損をもたらし、R5指向性HIVへの感染抵抗性を高めます。ヘテロ接合体でも発症遅延が報告されていますが、世界的には頻度が低く、日本人では稀です。
HLA-B57やHLA-B27は、エリートコントローラーと呼ばれる自然にウイルスを低レベルに抑える人に関連して報告されています。これらは細胞性免疫の質に関与し、ウイルスの免疫逃避のしにくさに関連すると考えられています。
KIRとHLAの組み合わせ、APOBEC3GやTRIM5αなど自然免疫関連遺伝子、インターフェロン応答遺伝子など多数の候補があり、効果の大きさや人種差は多様です。単純に何%が遺伝で決まるといった遺伝率の数値で表すのは現時点で困難です。
臨床的には、薬物代謝関連(例:アバカビル過敏症とHLA-B*57
)の遺伝子検査が安全性確保に用いられます。病勢そのものの予測に遺伝子検査が routine に用いられる段階ではありません。参考文献
- Genetic restriction of HIV-1 infection and progression (review, PMC)
- HLA-B*57 and HIV control (review, PMC)
- Abacavir Hypersensitivity and HLA-B*57 (FDA)
環境要因:併存症、生活習慣、医療アクセス
病態の進行には環境・行動要因が大きく関与します。ウイルス量抑制に必要な服薬アドヒアランスは最重要で、精神的ストレス、物質使用、住環境の不安定さなどはアドヒアランス低下を介して予後に影響します。
結核、B型・C型肝炎、梅毒などの併存感染症は免疫活性化や臓器障害を通じて病態を複雑にします。喫煙、肥満、運動不足、栄養不良などは心血管・代謝リスクを高め、非AIDS合併症の発症と関連します。
医療アクセスの格差は診断遅れ、治療開始遅延、継続困難を招きます。地域の公的支援や患者会、カウンセリング、ソーシャルワークの活用は予後改善に寄与します。
一方、早期診断と即日ART開始、定期通院、ワクチン接種(HBV、インフルエンザ、肺炎球菌など)、禁煙支援、うつや不眠の治療など、総合的な介入でリスクは大きく低減可能です。
参考文献
治療・予防:ART、U=U、PrEP/PEP
現在の第一選択はインテグラーゼ阻害薬を含む二剤NRTIとの併用療法(例:ドルテグラビル+ラミブジン/テノホビル+エムトリシタビン、ビクテグラビル/テノホビル/エムトリシタビン配合)です。長期安全性と高い耐性バリアが特徴です。
適切なARTでウイルス量を検出限界未満に維持できれば、性的感染リスクは実質ゼロ(U=U)であり、個人の健康と公衆衛生の双方に大きな利益があります。
曝露前予防(PrEP)は高リスク者の発症予防に有効で、テノホビル/エムトリシタビンの内服や、地域によっては長時間作用型カボテグラビルが用いられます。曝露後予防(PEP)は曝露後72時間以内に開始し4週間内服します。
日本では抗HIV治療は広く提供され、検査は保健所で匿名無料が可能です。PrEPの公的保険適用は限定的で、提供状況は地域差があります。最新の国内ガイドラインと自治体情報の確認が推奨されます。
参考文献

