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黄色ブドウ球菌感染症

目次

病原体の概要と疾患スペクトラム

黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)は、健康な人の鼻腔や皮膚にもしばしば常在するグラム陽性球菌で、無症状の保菌から軽い皮膚感染、肺炎、菌血症、心内膜炎、骨髄炎、敗血症まで幅広い病態を引き起こします。特にメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)は、β-ラクタム系抗菌薬が効きにくく、医療関連感染や市中感染の双方で問題となっています。近年は地域流行株(CA-MRSA)による皮膚・軟部組織感染の増加も注目されています。

感染は接触感染が主体で、皮膚の微小な傷や医療デバイスから侵入します。毒素産生株は毒素性ショック症候群や食中毒など、毒素媒介性の疾患も起こします。多彩な病型を理解することは、早期の受診や適切な治療選択に不可欠です。なお、鼻前庭の保菌は発症リスクと関連し、保菌者では手指衛生や創部管理が特に重要となります。

世界中に広く分布し、医療機関内だけでなく家庭や学校、スポーツチームなど人が密に接触する場での伝播が起こり得ます。抗菌薬耐性の広がりは地域差が大きく、各国の耐性動向を踏まえた治療選択が求められます。日本でも医療関連MRSAは減少傾向の報告がある一方、市中感染株の存在に注意が必要です。

臨床現場では、膿瘍形成や壊死性病変、突然の高熱や血圧低下など、黄色ブドウ球菌特有の臨床像を捉えることが診断の手がかりになります。治療は切開排膿と感受性に基づく抗菌薬の併用が基本で、重症例や菌血症では感染源コントロールと専門家の関与が推奨されます。

参考文献

主な症状と重症化のサイン

皮膚・軟部組織感染は最も一般的で、毛包炎、せつ・よう(膿瘍)、とびひ、蜂窩織炎などを生じます。局所の発赤・腫脹・熱感・圧痛に加え、膿が貯留している場合は中央が軟らかく波動を触れることがあります。膿瘍は切開排膿が必要となることが多く、抗菌薬のみでは改善しないことがある点に注意します。

呼吸器感染では、インフルエンザ後の二次性細菌性肺炎や壊死性肺炎を起こすことがあり、急速な呼吸不全や喀血を伴う場合は緊急対応が必要です。菌血症では高熱、悪寒戦慄、低血圧がみられ、二次播種により心内膜炎、骨髄炎、膿瘍形成など多臓器に病変が広がります。これらは入院管理と集学的治療を要します。

毒素媒介性疾患として、毒素性ショック症候群(突然の高熱、発疹、低血圧、臓器不全)や食中毒(摂取後数時間以内の激しい嘔吐と腹痛)が知られます。特にショック症候群は進行が速く、ショック対策と原因コントロール、抗菌薬治療が同時に必要となります。

重症化のサインとして、広範囲の発赤が急速に拡大する、激しい痛み、持続する高熱、意識障害、息切れや胸痛、関節や骨の局所痛と発熱の組み合わせなどが挙げられます。これらがある場合は速やかな医療機関受診と血液培養などの検査が推奨されます。

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発生機序(病原因子と耐性)

黄色ブドウ球菌は表面タンパク質(MSCRAMMs)により組織へ接着し、コアグラーゼなどの酵素で微小環境を改変して増殖します。Protein Aは免疫グロブリンのFc領域に結合し、オプソニン化を妨げて食菌から逃避します。加えて、補体系阻害や白血球毒素など多層的な免疫回避機構を備えています。

α毒素やPanton-Valentineロイコシジン(PVL)などの細胞傷害性毒素は組織破壊と炎症を促進し、壊死性病変や重症肺炎に関与します。毒素性ショック症候群毒素(TSST-1)はスーパー抗原として過剰なサイトカイン放出を誘導し、急激なショックと多臓器不全を引き起こします。

医療デバイスや壊死組織上ではバイオフィルムを形成し、抗菌薬や免疫からの防御を強化します。バイオフィルム関連感染は慢性化しやすく、デバイス抜去やデブリドマンなどのソースコントロールが治癒に不可欠です。

耐性機序としてmecA遺伝子により産生されるPBP2aがβ-ラクタム系に対する耐性(MRSA)を付与します。近年はCA-MRSAとHA-MRSAで遺伝学的背景や感受性パターンが異なることが知られ、地域の疫学に応じた薬剤選択が重要です。重症例では治療前の血液培養と感受性検査が標準です。

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診断と検査のポイント

皮膚・軟部組織感染では、膿の培養で起因菌を特定し、感受性に基づく治療を行います。膿瘍が疑われる場合は画像や穿刺で膿の存在を確認し、切開排膿が治療の第一選択となります。セルライトのみの病変でも、重症例や免疫不全では培養採取が望まれます。

全身症状を伴う場合や侵襲性感染が疑われる場合は、抗菌薬投与前に2セット以上の血液培養を採取します。心内膜炎が疑われるときは経胸壁または経食道心エコーで疣贅の評価を行います。骨関節の疼痛と発熱があればMRIなどの画像検査が有用です。

MRSA迅速同定には鼻腔スワブや病巣からのPCR検査が活用され、アウトブレイク制御や早期の感染対策に役立ちます。ただし、保菌と発症は異なるため、臨床所見との統合解釈が不可欠です。

院内では保菌スクリーニングと接触予防策、適切な隔離、環境清掃が感染対策の基本です。抗菌薬管理プログラム(ASP)により不必要な抗菌薬使用を抑制することで、耐性菌の拡大を防ぎます。

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予防と治療の基本

予防の柱は手指衛生、創部の被覆、個人用品の共用回避、環境の定期的清掃です。医療機関では標準予防策と接触予防策の徹底、手術部位感染対策、デバイス管理が重要です。患者や家族への教育も再発や二次感染の予防に有効です。

皮膚膿瘍の初期治療は切開排膿で、軽症かつ全身症状がなければそれだけで改善することがあります。抗菌薬はセルライトの合併、免疫不全、重症例、広範囲病変などで追加します。原因菌の感受性が判明すれば、スペクトラムを絞った経口薬へ適切にステップダウンします。

MSSAにはセファゾリンなどの抗ブドウ球菌作用を有するβ-ラクタムが第一選択です。MRSAにはバンコマイシン、リネゾリド、ダプトマイシン(肺炎以外)、テイコプラニンなどを症例に応じて選択します。菌血症や深部感染ではデバイス抜去を含む感染源コントロールと十分な治療期間が必要です。

鼻腔保菌による再発を繰り返す場合やアウトブレイクでは、ムピロシン鼻腔塗布やクロルヘキシジンによるスキンデコロナイゼーションを検討します。ただし無差別の除菌は耐性化を招く可能性があり、指針に沿った対象選択が求められます。

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