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高眼圧緑内障

目次

定義と分類

高眼圧緑内障は、原発開放隅角緑内障(POAG)の一表現型で、治療前の眼圧が集団基準より高い(一般に21mmHg超)ことを特徴とします。隅角は開大しており、視神経乳頭の陥凹拡大や網膜神経線維層の菲薄化、視野欠損が見られます。これは疾患スペクトラムの一部で、正常眼圧緑内障(NTG)と連続的に存在します。

高眼圧緑内障としばしば混同される「高眼圧症(ocular hypertension)」は、眼圧は高いものの視神経障害や視野異常がない状態です。高眼圧症は緑内障発症のリスク状態であり、経過観察や予防的な眼圧下降治療の検討対象となりますが、緑内障とは診断基準が異なります。

POAG の診断は、開放隅角であること、特徴的な視神経障害と対応する視野異常を認めること、かつ他の続発性原因(ステロイド、落屑、色素分散など)を除外することです。高眼圧緑内障では測定上の眼圧上昇が目立つ点が臨床的区別点ですが、最終的な診断は構造・機能障害の証拠に基づきます。

臨床的意義として、眼圧が高いほど発症・進行リスクが概ね上がるため、眼圧下降が治療の中心となります。高眼圧緑内障は、同じPOAGでもNTGに比べて眼圧依存性が高い傾向があり、適切な目標眼圧設定と継続的なモニタリングが重要です。

参考文献

病態生理

高眼圧は視神経乳頭の篩状板に機械的ストレスを与え、軸索輸送障害や軸索変性を引き起こします。これにより網膜神経節細胞(RGC)が機能不全となり、不可逆的な神経変性が進行します。眼圧降下により進行が抑えられることは、この機械的要因の関与を支持します。

血流学的要因も重要で、眼内灌流圧低下や自動調節障害、夜間低血圧などが視神経虚血・再灌流ストレスを介して障害を増悪させます。眼圧上昇と灌流圧の相互作用が、患者ごとの感受性の差を生むと考えられています。

細胞・分子レベルでは、TGF-βを介した線維化や細胞外基質リモデリング、星状膠細胞活性化、ミトコンドリア機能不全、グリア炎症などが関与します。これらは篩状板の剛性変化や軸索支持低下につながり、神経保護戦略の標的ともなります。

角膜中心厚は眼圧測定に影響すると同時に、独立したリスク因子とされています。より薄い角膜は危険度が高い傾向があり、治療目標の設定やリスク層別化に用いられます。

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遺伝学

POAG には家族集積性があり、家族歴は強いリスク因子です。双生児研究などからPOAG全体の遺伝率はおよそ40–60%と推定され、眼圧そのものの遺伝率は35–55%程度と報告されています。これは遺伝と環境の双方が関与する多因子疾患であることを示します。

高眼圧型と関連の深い単一遺伝子としてMYOC(ミオシリン)が知られ、機能獲得型変異は若年発症で高度な眼圧上昇を伴う開放隅角緑内障を引き起こします。まれにOPTNやTBK1の異常も報告されていますが、全体としては希少です。

ゲノムワイド関連解析(GWAS)では、CDKN2B-AS1(9p21)、SIX6、TMCO1、CAV1/CAV2、ABCA1、GAS7、ARHGEF12など複数の座位が同定されました。眼圧や房水流出路に関与するANGPT1/TEK経路のバリアントも関連が示されています。

遺伝的寄与は人種・民族で差があり、多数の小効果バリアントの累積(ポリジェニックリスク)が高リスク群の同定に有用になりつつあります。臨床応用は進行中で、現在は主にリスク評価や研究の段階です。

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疫学

世界では40–80歳のPOAG有病率は約3%と推定され、地域差があります。アフリカ系では高く、東アジアでは正常眼圧型の割合が多いなど、集団固有の特徴があります。高眼圧緑内障はPOAGの中のサブセットとして位置づけられます。

日本の疫学研究(多治見スタディ)では、40歳以上のPOAG有病率は約3.9%で、その約9割が正常眼圧型と報告されました。したがって高眼圧緑内障は日本では少数派ですが、見逃されれば同様に不可逆的視機能障害を来します。

罹患リスクは年齢とともに上昇し、性差は研究間で一貫しません。家族歴、近視、角膜薄、血圧異常、ステロイド使用などがリスクに関与します。早期は自覚症状が乏しいため、検診での発見が重要です。

失明負担は大きく、早期発見・適切治療により進行を抑制しうることが示されています。個人・社会レベルでの対策(啓発、定期検診、治療アクセス)が求められます。

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診断と治療

診断は、眼圧測定、隅角鏡検査、視神経乳頭評価、光干渉断層計(OCT)、静的量的視野検査を組み合わせて行い、続発性原因を除外します。経時的な構造・機能変化の追跡が不可欠です。

治療の中心は眼圧下降で、プロスタグランジン関連薬が第一選択です。β遮断薬、炭酸脱水酵素阻害薬、α2作動薬、Rhoキナーゼ阻害薬(リパスジル、ネタルスジルなど)を併用・切替します。副作用や全身背景に配慮した選択が必要です。

レーザー線維柱帯形成術(特にSLT)は初回治療としても有効性が示され、薬物治療に匹敵する成績が報告されています。低侵襲緑内障手術(MIGS)や濾過手術は、進行例や薬物抵抗例で選択されます。

目標眼圧設定、アドヒアランス支援、生活習慣の最適化(ステロイド適正使用、血圧・睡眠管理、適度な運動)も重要です。定期的な視野・OCTで進行を判定し、治療強化のタイミングを逃さないことが鍵です。

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