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高悪性度卵巣漿液性腺癌

目次

用語の定義と臨床での位置づけ

高悪性度卵巣漿液性腺癌(HGSOC)は、上皮性卵巣がんの中で最も頻度が高く、進行してから見つかることが多い腫瘍型です。世界保健機関(WHO)の分類では高異型度の漿液性腫瘍に位置付けられ、一般に急速な進展と化学療法への初期感受性を特徴とします。

臨床的には骨盤内・腹腔内に広がりやすく、腹水や腹膜播種を伴って発見されることが多いのが特徴です。診断時にIII〜IV期である割合が高く、病勢制御と長期生存のためには外科的減量手術とプラチナ系化学療法の適切な組み合わせが要となります。

病理学的には乳頭状構造や充実性増殖を示し、細胞学的には著明な異型と高い分裂像が観察されます。免疫組織化学ではp53の異常発現パターン(過剰発現または完全陰性)やWT1陽性が典型的所見です。

分子レベルではTP53変異がほぼ普遍的であり、DNA相同組換え修復(HR)欠損を背景にしたゲノム不安定性が腫瘍の生物学的基盤を成します。これらの特性はPARP阻害薬など分子標的治療の有効性と密接に関わっています。

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主要な分子異常とゲノム特性

HGSOCのゲノムは広範なコピー数異常と構造変化を特徴とし、ドライバー変異としてはTP53がほぼ全例で認められます。TCGA解析ではTP53変異率は約96%に達し、他の反復変異は相対的に少ない一方、広い領域の増幅・欠失が腫瘍生物学に大きく影響します。

相同組換え修復(HR)経路の破綻はHGSOCの約半数に見られ、BRCA1/2の生殖系列または体細胞変異、あるいはRAD51C/D、BRIP1などの異常が含まれます。HRDは白金製剤感受性やPARP阻害薬の効果予測に関与します。

細胞増殖や血管新生に関わる経路としてPI3K/AKT、RAS/MEK、VEGFシグナルの活性化が一部症例で認められ、治療標的として検討されてきました。特にVEGF経路阻害薬ベバシズマブは一次治療・再発治療での上乗せ効果が示されています。

エピゲノムの異常や腫瘍微小環境の免疫学的特徴も病勢や治療反応性に影響します。PD-L1発現は一部で認められるものの、単剤免疫チェックポイント阻害の効果は限定的で、現在は併用戦略が研究段階です。

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発生起源と病理学的連関

近年の研究により、HGSOCの多くは卵巣実質ではなく卵管采近傍の卵管上皮、特に分泌細胞由来であることが示されました。卵管上皮に生じる上皮内腫瘍(STIC)が前駆病変と考えられ、同部でのTP53変異が早期イベントとされています。

卵管由来仮説は、リスク低減手術で摘出された卵管に高頻度でSTICが見つかること、卵管切除が卵巣がんリスクを下げる疫学的所見と整合します。これにより予防の観点からも卵管の役割が再評価されています。

病理ではSTICは上皮内に限局しながらも高度異型を示し、p53シグネチャやKi-67高発現が特徴です。STICから腹腔内への播種を経て典型的なHGSOCへ進展するモデルが支持されています。

この発生モデルは、リスク低減両側卵管卵巣摘出(RRSO)の推奨時期や、分娩機会のない女性への機会的卵管切除(OS)の意義づけに臨床的影響を与えています。

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疫学・リスク要因と予防

HGSOCは上皮性卵巣がんの中で最多で、閉経以降での発症が多い疾患です。世界の卵巣がん全体の罹患は地域差があり、先進国で比較的高く、日本でも年齢調整罹患率は世界平均よりやや高めと報告されています。

リスク要因としては、BRCA1/2などの生殖系列病的変異、初経早期・閉経遅延、不妊、未経妊など排卵回数の増加に関連する要因が挙げられます。一方、経口避妊薬の長期使用、授乳、卵管結紮や卵管切除はリスク低下と関連します。

生殖系列変異の関与は卵巣がん全体で約15%前後とされ、その多くがHGSOCです。体細胞のHRDも加えると生物学的に『遺伝学的脆弱性』を持つ割合はさらに高まりますが、個人レベルの環境対遺伝の比率を一律に数値化することは困難です。

予防では、一般リスク群では機会的卵管切除が有望な戦略として検討され、高リスク群(BRCA病的変異保有者)では適切な年齢でのRRSOが推奨されます。これらは死亡リスクの低減とも関連することが示されています。

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診断・治療の概観

診断は内診、経膣超音波、CT/MRI、腫瘍マーカー(CA-125など)、必要に応じて腹水細胞診や画像下生検を組み合わせて行われます。最終診断は病理組織検査に基づき、FIGO病期で臨床経過を評価します。

標準治療は外科的減量手術とカルボプラチン+パクリタキセルを中心とした化学療法で、症例により一次手術前の導入化学療法を選択します。腫瘍量の最小化(R0)を目指すことが長期予後に重要です。

分子標的治療として、HRD陽性例を中心にPARP阻害薬(オラパリブ、ニラパリブなど)による維持療法が無増悪生存の延長を示しています。また、ベバシズマブの併用も一次治療や再発で有効性が示されました。

再発例ではプラチナ感受性の有無で戦略が異なり、感受性例ではプラチナ併用療法+維持療法、抵抗性例では非プラチナ系や抗体薬物複合体などが検討されます。臨床試験参加は重要な選択肢です。

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