食道扁平上皮癌
目次
概説
食道扁平上皮癌(ESCC)は、食道の内側を覆う扁平上皮細胞から発生する悪性腫瘍です。世界の食道がんの大部分を占め、とくに東アジア、東アフリカ、イラン周辺などの「食道がんベルト」で多くみられます。日本では食道がんの約9割が扁平上皮癌であり、欧米で増えている腺がんとは疫学や危険因子が異なります。
発症年齢は主に60〜70代で、男性に多いことが特徴です。症状は進行するまで出にくく、嚥下時のつかえ感、体重減少、胸部違和感、嗄声などが現れます。早期には自覚症状に乏しいため、リスクの高い人での内視鏡による積極的な拾い上げが重要とされます。
発がんには飲酒と喫煙が強く関与し、熱い飲み物の常飲、栄養状態、口腔衛生不良なども寄与します。遺伝要因としては東アジアに多いALDH2やADH1Bの多型が有名で、アルコール代謝と深く関わります。これら遺伝要因と環境要因が相互作用してリスクが上昇します。
診断は上部消化管内視鏡が中心で、ルゴール染色や狭帯域光観察(NBI)などの画像強調が早期病変の発見に有用です。治療は病期により内視鏡的切除、手術、化学放射線療法、全身治療(化学療法・免疫療法)を組み合わせ、近年は免疫チェックポイント阻害薬の適応も拡大しています。
参考文献
危険因子と環境要因
飲酒はESCCの主要なリスク因子で、エタノール自体とその代謝産物アセトアルデヒドが発がんに関与します。IARCはアルコール飲料をヒトに対する発がん性(グループ1)に分類しています。喫煙も強いリスク因子で、飲酒との相乗作用によりリスクが大きく増加します。
非常に熱い飲み物(65℃超)の摂取は、食道粘膜の熱損傷を介してESCCリスク上昇に関連します。IARCは「非常に熱い飲み物」の摂取をおそらく発がん性(グループ2A)と評価しています。実際の温度管理や飲用習慣の見直しが予防に有用です。
栄養不足(果物・野菜の不足、微量元素欠乏)、口腔衛生不良、歯の欠損、特定地域でのニトロソ化合物や多環芳香族炭化水素への曝露も関連が報告されています。HPVとの関連は一部で議論がありますが、因果関係は一貫しておらず、ESCCの主要因とは考えられていません。
日本を含む東アジアでは、飲酒と喫煙で説明できる集団寄与割合(PAF)が高く、研究によっては男性のESCCの大半(約70〜80%程度)をこれらが占めると推定されています。生活習慣の是正は罹患率低下に直結する重要な介入になります。
参考文献
- IARC Monographs: Alcohol consumption and ethyl carbamate
- IARC Press Release 244: Very hot beverages
- World Cancer Research Fund: Oesophageal cancer
- Inoue et al. Attributable causes of cancer in Japan (Ann Oncol 2012)
遺伝的要因
東アジアに多いALDH2不活性型(rs671)やADH1Bの遺伝多型は、飲酒時のアセトアルデヒド蓄積や代謝速度の違いを通じてESCCリスクを増大させます。とくに多量飲酒・喫煙との組み合わせで相乗的にリスクが上昇することが示されています。
まれな高浸透度の遺伝性疾患として、手掌角化症を伴うtylosis(RHBDF2変異)では食道扁平上皮癌の生涯リスクが著明に高いことが知られています。ファンコニー貧血などDNA修復経路の異常も関連が報告されていますが、一般集団における割合は極めて小さいです。
体細胞変異の面ではTP53の早期変異、NOTCH経路、PI3K経路、NFE2L2/KEAP1経路の異常、CCND1やSOX2のコピー数増加などが報告されています。これらは腫瘍の進展や治療反応性に関与しうる生物学的基盤を提供します。
ESCC全体の「遺伝率」を定量した確立データは乏しく、ほとんどの症例は環境因子主導の散発例です。ただし、ALDH2/ADH1Bなどの多型が高頻度な集団では、遺伝背景と生活習慣の相互作用が集団レベルの罹患率に影響する可能性があります。
参考文献
- Yokoyama et al. Alcohol flushing, ADH1B/ALDH2 and ESCC risk
- Yokoyama et al. Interaction of ADH1B/ALDH2 polymorphisms and drinking
- Mutations in RHBDF2 cause tylosis with oesophageal cancer
- The Cancer Genome Atlas: Oesophageal carcinoma
症状と診断
早期のESCCは無症状のことが多く、進行に伴って固形物の嚥下障害、胸や喉の違和感、体重減少、胸痛、嗄声、咳嗽や誤嚥、出血などが現れます。症状出現時には進行していることが少なくないため、ハイリスク者の積極的な内視鏡検査が勧められます。
上部消化管内視鏡は診断の中心で、白色光観察に加えてルゴール染色や狭帯域光(NBI)・拡大観察が小病変の検出に有用です。生検で組織学的に確定し、表在深達度の評価にはヨード不染帯や血管パターンが参考になります。
病期診断では造影CTでのリンパ節・遠隔転移評価、超音波内視鏡(EUS)での深達度評価、必要に応じてPET-CTが用いられます。これらを総合して治療方針が決まります。
現時点で一般集団を対象とした食道がんの全国的スクリーニングは確立していませんが、飲酒・喫煙の強い方、フラッシング体質、頭頸部がん既往者などは内視鏡による重点的な観察が推奨されます。
参考文献
治療と予後
表在癌(粘膜内:T1a)では内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)や粘膜切除(EMR)が根治を目指せます。粘膜下層(T1b)以深やリンパ節転移リスクが高い場合は手術や化学放射線療法が検討されます。
局所進行例では術前化学(放射)線療法後の手術や、手術不能例の根治的化学放射線療法が標準です。術前化学放射線後に病理学的残存がんがある場合の術後補助療法として、ニボルマブの有効性が示されています。
遠隔転移・切除不能例ではフッ化ピリミジン+白金製剤を軸とした化学療法に、PD-1阻害薬(ペムブロリズマブ、ニボルマブ)を併用する一次治療が選択肢となります。ESCCにおける免疫療法の有効性は複数の第III相試験で示されています。
予後は病期に大きく依存し、早期に発見・治療できれば良好ですが、進行例では依然として厳しいのが現状です。再発リスク低減と生活の質の維持のため、治療後のサーベイランスと支持療法も重要です。
参考文献

