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頭頸部扁平上皮癌

目次

定義と概要

頭頸部扁平上皮癌は、口腔・中咽頭・下咽頭・喉頭・鼻副鼻腔などの粘膜を覆う扁平上皮から発生する悪性腫瘍の総称です。多くは喫煙や飲酒などの生活習慣と関連し、世界的に見て頭頸部がんの大多数をこの組織型が占めます。疾患の振る舞いは発生部位により異なり、機能温存と根治性の両立が診療上の大きな課題です。

近年、中咽頭(特に扁桃や舌根)ではヒトパピローマウイルス(HPV)感染に関連した腫瘍が増加しています。HPV関連腫瘍は非関連腫瘍と比べて生物学的特徴や治療感受性、予後が異なることが知られ、治療方針の決定でHPVステータスが重視されます。

診断は問診・視触診・内視鏡検査に加え、組織生検で確定します。画像診断(造影CT、MRI、PET-CT)で病期(ステージ)を評価し、原発巣の広がりやリンパ節転移、遠隔転移の有無を総合的に判断します。

治療は病期と部位に応じて外科切除、放射線治療、化学放射線療法、薬物療法を組み合わせます。再建外科や摂食・嚥下・音声機能のリハビリテーション、栄養管理、禁煙支援などの支持療法が長期の生活の質に直結します。

参考文献

症状と受診の目安

症状は部位により異なりますが、口腔では治らない口内炎・しこり・出血、痛み、義歯不適合などがみられます。中咽頭では咽頭痛、嚥下痛、耳への放散痛、嚥下困難、扁桃の腫大や片側性のしこりが目立ちます。下咽頭・喉頭では嗄声、長引く咳、むせ、誤嚥、呼吸困難などが現れます。

頸部リンパ節の腫大はしばしば最初のサインで、痛みを伴わないこともあります。口臭の増悪、体重減少、原因不明の疲労感も注意すべき兆候です。3週間以上続く症状は耳鼻咽喉科や歯科口腔外科の受診を推奨します。

HPV関連中咽頭がんはときに若年〜中年の非喫煙者にも発症し、初発症状が頸部腫瘤のみの場合もあります。従来の危険因子に当てはまらない場合でも、症状が持続するなら早期に精査を受けることが大切です。

早期発見のための一般集団向け一律のスクリーニングは確立していませんが、高リスク者では定期的な口腔内・咽頭の視診触診が有用です。歯科検診や口腔ケアは粘膜変化の早期発見に役立ちます。

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発生機序と分子背景

喫煙や飲酒などの発がん因子は、口腔・咽頭・喉頭の粘膜にDNA損傷を蓄積させ、細胞周期やDNA修復、分化制御に関わる遺伝子の異常を誘導します。連続した暴露により「フィールドがん化」と呼ばれる広範な前がん性変化が起こり、多発がんの温床となります。

HPV関連腫瘍ではウイルスのE6/E7オンコプロテインがp53やRb経路を機能不全にし、宿主ゲノムへの広範なエピジェネティック変化を通じて腫瘍化を促します。HPV陽性腫瘍は典型的にp16過剰発現を示し、非HPV腫瘍と比べてTP53変異が少なく、PIK3CA変異などが比較的高頻度です。

The Cancer Genome Atlas(TCGA)解析では、頭頸部扁平上皮癌においてTP53、CDKN2A、FAT1、NOTCH1、PIK3CA、CASP8、HRASなどの反復的体細胞変異が同定されました。これらは細胞周期、分化、PI3Kシグナル、アポトーシスに関与します。

腫瘍微小環境では免疫抑制性のサイトカインやチェックポイント分子(PD-1/PD-L1など)が腫瘍免疫応答を抑え、免疫チェックポイント阻害薬の治療標的となります。喫煙関連腫瘍は変異負荷が高く、免疫療法感受性に影響しうることが示唆されています。

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危険因子と予防

主要な危険因子は喫煙と多量飲酒で、相乗効果によりリスクは大幅に上昇します。ビンロウ嚼取、職業性粉じん・化学物質暴露、口腔衛生不良、栄養不良、慢性炎症、免疫抑制状態も関与します。中咽頭ではHPV16を中心とする高リスク型HPVの関与が重要です。

予防の第一は禁煙と節酒で、受動喫煙の回避も含みます。HPVワクチンは子宮頸がん予防目的で導入されていますが、口腔・咽頭へのHPV感染を減らす可能性が示され、長期的に中咽頭がん抑制が期待されます。安全性・効果は各国で検証が進んでいます。

口腔内の定期的な視診触診、前がん病変(白板症、紅板症など)の早期発見と治療は進行がんを予防する一助になります。義歯や歯牙の刺激、慢性潰瘍の是正、歯周病治療、栄養の改善も重要です。

集団スクリーニングの有効性は確立していませんが、高リスク群でのターゲット介入は有望です。地域の禁煙支援、アルコール減量プログラム、ワクチン接種推進、職域の曝露対策など、多層的アプローチが推奨されます。

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診断・治療の基本

病期評価にはTNM分類が用いられます。原発巣の範囲や深達度、頸部リンパ節の大きさ・数・側性、遠隔転移の有無を基に治療方針を決定します。HPV関連中咽頭がんではp16免疫染色が病期分類に組み込まれています。

早期病変では外科切除(経口的切除や低侵襲内視鏡手術を含む)や根治的放射線治療が選択されます。進行例では化学放射線療法(高用量シスプラチン併用)が標準です。機能温存と腫瘍制御のバランスを患者の価値観とともに検討します。

再発・転移例では免疫チェックポイント阻害薬(ニボルマブ、ペムブロリズマブ)やセツキシマブ、プラチナ系を基盤とするレジメンが用いられます。PD-L1発現や全身状態、前治療歴を踏まえて個別化します。

多職種連携による栄養・嚥下・言語・口腔ケア、疼痛緩和、禁煙支援、リハビリテーションが治療成績とQOLを左右します。臨床試験への参加は新規治療へのアクセスを提供し、エビデンス創出に寄与します。

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