非毒性多結節性甲状腺腫
目次
定義と概要
非毒性多結節性甲状腺腫は、甲状腺ホルモンの分泌が正常(甲状腺機能正常)であるにもかかわらず、甲状腺内に複数の結節が形成され、甲状腺全体がびまん性または不均一に腫大する状態を指します。日常診療では「多結節性甲状腺腫(MNG)」と呼ばれ、毒性を伴わないものを区別して非毒性と表現します。
この病態は中高年、とくに女性に多くみられ、長年にわたる軽度の刺激や環境因子の影響が積み重なってゆっくりと進展することが一般的です。長期にわたって無症状のまま経過するケースが多く、健康診断などの超音波検査で偶然見つかることも少なくありません。
基本的には良性の疾患ですが、結節の一部に悪性腫瘍(甲状腺がん)が紛れている可能性はゼロではないため、画像所見や細胞診の結果に基づく適切な評価が重要です。非毒性であっても、増大による圧迫症状や整容上の問題が現れることがあります。
非毒性多結節性甲状腺腫の成因は一様ではなく、ヨウ素摂取の状況、加齢、女性ホルモン、喫煙、遺伝素因などが複合的に関与します。個々の結節は異なる性質をもつことがあり、甲状腺内でモザイク状の変化が進むのが特徴です。
参考文献
- European Thyroid Association guidelines for the management of benign goiter
- The thyroid nodule (N Engl J Med review)
- Management of the nontoxic multinodular goiter—Endocrine Reviews
病態生理
非毒性多結節性甲状腺腫では、甲状腺濾胞細胞が時間とともに異なる増殖能を獲得し、節ごとに成長速度や反応性が異なる「結節のモザイク」が形成されます。軽度のTSH刺激や局所の成長因子シグナルの偏りが、結節形成を後押しします。
ヨウ素不足の地域では、慢性的なTSH上昇が甲状腺組織の過形成を促し、結節化へ進みやすくなります。一方、ヨウ素充足地域でも加齢や酸化ストレス、微小な血流障害、炎症性変化などが結節形成に寄与すると考えられています。
遺伝的背景として、甲状腺ホルモン合成関連遺伝子の軽微な機能低下や、細胞増殖に関連するシグナル経路の個体差が、長期的な結節化傾向を左右します。単一の原因よりも、多因子が累積して病像が形づくられるのが一般的です。
毒性(甲状腺機能亢進)を呈する結節ではTSHRやGNASの体細胞変異が知られますが、非毒性では機能的自律性は弱く、むしろ組織リモデリングや線維化、嚢胞化などの変化が前景に出ます。これが触診や画像での多彩な所見を生む要因となります。
参考文献
- European Thyroid Association guidelines for the management of benign goiter
- Management of the nontoxic multinodular goiter—Endocrine Reviews
- WHO iodine status and thyroid disease overview
症状と合併症
多くの患者さんは無症状で、頸部のしこりに気づいたり、健診の超音波で偶然指摘されます。時間の経過とともにゆっくり増大し、鏡で見たときのふくらみや左右差、違和感として自覚されることがあります。
結節や甲状腺全体が大きくなると、嚥下時のつかえ感、声のかすれ、前頸部の圧迫感、仰臥位での息苦しさなどの圧迫症状が出ることがあります。気管や食道、反回神経への圧迫が関与します。
甲状腺機能は通常正常ですが、ごく一部で自律性の強い結節が混在すると軽度の機能亢進や逆に機能低下を伴うことがあります。血液検査でTSHと遊離T4を確認し、必要に応じて追加評価を行います。
良性疾患であっても、結節の一部が微小乳頭癌などを含む可能性があるため、超音波のリスク所見や細胞診結果に基づき、悪性の拾い上げを怠らないことが重要です。圧迫症状は手術適応の代表的な理由です。
参考文献
- 2015 American Thyroid Association Management Guidelines for Adult Patients with Thyroid Nodules
- Interventional ultrasound in benign thyroid nodules—ETA guideline
- The thyroid nodule (N Engl J Med review)
診断
診断の基本は、問診・触診、血液検査(TSH、遊離T4)、甲状腺超音波です。超音波では結節の数、サイズ、境界、内部エコー、石灰化、血流などを評価し、リスク層別化を行います。
結節が一定以上のサイズで、かつ超音波で疑わしい特徴を有する場合は、細い針で細胞を採取する穿刺吸引細胞診(FNAC)を行い、良悪性の判定に用います。嚢胞性結節では穿刺排液やエタノール注入療法が診断・治療を兼ねることもあります。
機能評価としては、TSHが低値で甲状腺機能亢進が疑われる場合にシンチグラフィを考慮しますが、非毒性では多くの場合不要です。CT/MRIは気管偏位や胸骨下進展など圧迫評価に用いられます。
経過観察では、超音波でのサイズ変化や新規結節の出現、形態の不穏な変化を定期的にチェックします。臨床的に重要な増大や症状出現があれば、治療方針の見直しを行います。
参考文献
- 2015 American Thyroid Association Management Guidelines for Adult Patients with Thyroid Nodules
- ACR TI-RADS white paper (risk stratification)
- European Thyroid Association guidelines for the management of benign goiter
治療
無症状で小型の非毒性多結節性甲状腺腫は、定期的な超音波と血液検査による経過観察が第一選択です。甲状腺ホルモンによる抑制療法は効果が限定的で、有害事象の懸念から一般に推奨されません。
圧迫症状や整容上の問題、悪性の疑いがある場合には外科的治療(葉切除または甲状腺全摘)を検討します。術式は結節の分布、サイズ、患者さんの希望や合併症リスクを踏まえて決定します。
高齢者や手術リスクの高い方、またびまん性に腫大した症例では、放射性ヨウ素内用療法(I-131)が有効な選択肢となり得ます。rTSH併用で縮小効果を高める戦略が報告されていますが、適応は個別判断となります。
局所療法として、囊胞性結節へのエタノール注入や、固形良性結節に対するラジオ波焼灼(RFA)・マイクロ波・レーザー焼灼などの低侵襲治療も選択肢です。施設の経験と適応基準に基づき、整容性や症状の改善を目指します。
参考文献

