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非アルコール性脂肪性肝疾患

目次

定義と名称の変遷

非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)は、飲酒量が少ないにもかかわらず肝臓に脂肪が蓄積する病態の総称で、単純性脂肪肝から非アルコール性脂肪肝炎(NASH)、肝線維化、肝硬変、肝細胞癌までの連続体を含みます。肥満、2型糖尿病、脂質異常症など代謝異常と密接に関連し、心血管疾患リスクも高めることが知られています。世界的に成人の約4分の1が該当すると推計されています。

近年、病態の中心に「代謝異常」があることを明確にするため、国際学会ではNAFLDを包括しうる新しい用語としてMASLD(代謝機能障害関連脂肪性肝疾患)が提案されました。これは診断基準に代謝要因を組み込むことで臨床現場でのリスク層別化を改善することを目的としています。ただし臨床現場ではNAFLDという用語も依然として広く使用されています。

この名称の見直しは、アルコール摂取や薬剤性、ウイルス性など他の原因による脂肪肝と明確に区別しつつ、患者さんとのコミュニケーションで「非アルコール性」という否定形を避ける狙いもあります。研究分野では、疫学研究や臨床試験の既存データとの整合性を保つため、NAFLDとMASLDの両用語が併記される場面が当面続くと考えられます。

日本でも学会やガイドラインが新旧用語の取り扱いを検討しており、医療者は用語の違いが診断基準や対象集団に与える影響を理解し、患者さんにはわかりやすい説明を心がけることが重要です。現時点では「NAFLD=非アルコール性脂肪性肝疾患」「NASH=非アルコール性脂肪肝炎」という従来用語に基づく診療が引き続き広く行われています。

参考文献

疫学と負担

NAFLDは世界中で最も一般的な慢性肝疾患で、メタ解析では世界有病率はおよそ25〜30%と見積もられています。アジアでも欧米と同程度の有病率が報告され、日本でも成人の約4人に1人が該当するというデータが蓄積されています。肥満や2型糖尿病の増加に伴い、将来的な患者数のさらに大きな増加が懸念されています。

疾病負担は肝臓にとどまらず、心血管イベント、慢性腎臓病、特定の癌など肝外合併症のリスク増加を通して総死亡率にも影響します。NAFLD患者の主要な死因は心血管疾患であることが多く、肝疾患の進展だけでなく包括的なリスク管理が必要です。

NASHに進展すると肝線維化が進みやすく、線維化ステージが高いほど肝関連イベントや死亡のリスクが指数関数的に高まります。したがって、臨床では単なる脂肪肝の有無よりも「線維化の程度」を把握し、進行リスクの高い患者を早期に抽出して専門診療へつなげることが鍵です。

経済的負担も無視できません。外来・入院・薬剤費に加え、労働損失など間接費も大きいことが示されており、国や地域の医療体制にとって増大する課題です。早期発見と予防、生活習慣介入の普及は、医療費抑制の観点からも効果的と考えられています。

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症状と臨床像

NAFLDの多くは無症状で、健康診断の肝機能異常や腹部超音波で偶然見つかります。症状がある場合でも倦怠感や右上腹部の不快感など非特異的なものが中心で、病気の重症度を必ずしも反映しません。進展例では肝硬変に伴う腹水、黄疸、食道静脈瘤などの所見が現れることがあります。

肝外では、心血管疾患リスクの上昇、2型糖尿病やメタボリックシンドロームとの重なり、睡眠時無呼吸、慢性腎臓病、甲状腺機能低下症などとの関連が報告されています。これらの併存症は相互に悪影響を及ぼし合うため、総合的な管理が重要です。

検査所見ではALTやASTが軽度〜中等度に上昇することがありますが、正常のことも少なくありません。肝機能検査値のみで重症度を判定することは困難で、非侵襲的な線維化指標(FIB-4、NAFLD Fibrosis Score)やエラストグラフィなどの画像的評価が推奨されます。

肝癌は肝硬変から発生することが多いものの、非肝硬変NAFLDからの肝細胞癌も一定割合で報告されています。高リスク群では適切なサーベイランスを検討し、早期発見に努めることが望まれます。

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発生機序(多段階・多要因仮説)

NAFLDの発生機序は「多段階・多要因(multiple hit)」モデルで説明されます。インスリン抵抗性が脂肪組織からの遊離脂肪酸流入と肝での新生脂肪合成を促し、肝内脂質の蓄積を招きます。これに遺伝素因、食事パターン、腸内細菌叢、ホルモン環境などが重なり、病態が進展します。

過剰な脂肪酸はトリグリセリドとして貯蔵されるだけでなく、セラミドやジアシルグリセロールなどのリポトキシックな中間代謝産物を介して細胞障害を引き起こします。ミトコンドリア機能障害や酸化ストレス、エンドプラズミックレティキュラムストレスが炎症と線維化を促進します。

肝星細胞の活性化と細胞外マトリックスの沈着が線維化の中心機序です。クッパー細胞や単球由来マクロファージからのサイトカイン、ケモカインが炎症ループを形成し、進展を加速させます。腸管由来エンドトキシンや胆汁酸シグナルの変調も関与します。

遺伝的多型(PNPLA3、TM6SF2、MBOAT7、GCKR、HSD17B13など)は脂質代謝や炎症・線維化感受性を変化させ、個人差を規定します。これらは発症リスクだけでなく、病勢の重症化や治療反応性にも影響する可能性があり、将来的な精密医療の鍵と考えられています。

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診断・リスク層別化と治療の要点

診断では、まず飲酒や薬剤、ウイルス性肝炎など他の原因を除外し、画像や生化学検査で脂肪肝を確認します。一次医療では年齢に応じたFIB-4などの非侵襲的指標で線維化リスクを層別化し、高リスク例は振動式エラストグラフィ等で精査、必要に応じて専門医紹介が推奨されます。

治療の第一選択は生活習慣介入です。体重の7〜10%減量でNASHの寛解や線維化の改善が期待でき、地中海食パターンや運動習慣の確立が推奨されます。2型糖尿病合併例ではGLP-1受容体作動薬やSGLT2阻害薬が体重・代謝改善を通じて有用となることがあります。

薬物療法では、NASH確定例に対しピオグリタゾン(特に糖尿病合併)やビタミンE(非糖尿病例)が選択肢となります。新規薬剤として甲状腺ホルモン受容体β作動薬レズメチロムが海外で承認され、線維化リスクのある成人NASHへの適応が示されています。

線維化が進んだ症例では肝癌サーベイランスや合併症管理が重要です。脂質異常症へのスタチンはNAFLDで安全に使用でき心血管リスク低減に寄与します。高度肥満例では減量手術が長期的な肝・代謝アウトカムを改善し得ます。

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