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鉄欠乏性貧血

目次

定義と概要

鉄欠乏性貧血は、体内の鉄が不足してヘモグロビンが十分に作れなくなることで起こる小球性低色素性貧血です。鉄は酸素を運ぶ赤血球に不可欠で、不足すると全身の臓器が酸素不足に陥ります。月経のある女性、妊娠中、成長期の子ども、消化管出血のある高齢者で多く見られます。世界的に最も頻度の高い栄養関連の欠乏症で、公衆衛生上の重要な課題です。

鉄の出納は「摂取」「吸収」「喪失」のバランスで決まります。食事からの平均的な吸収は1~2 mg/日程度にとどまり、出血や需要増加が続くと容易に負のバランスになります。出血源としては月経、消化性潰瘍、NSAIDsの使用、痔などが挙げられます。吸収低下は胃切除後やセリアック病、H. pylori感染などで起こります。

鉄欠乏性貧血は症候としての「貧血」であり、原因は多岐にわたります。したがって診療では、鉄を補うだけでなく「なぜ鉄が足りなくなったか」を必ず探ることが基本です。特に成人男性や閉経後女性の新規発症では、消化管出血や悪性腫瘍の除外が重要になります。

公衆衛生の観点では、妊娠中の鉄需要増大に対する補給、寄生虫対策、栄養教育が柱です。近年、世界の貧血推定は改善と停滞が混在しており、鉄欠乏が占める割合も地域や年齢・感染症負担で異なります。データの解釈には、貧血(ヘモグロビン低値)と鉄欠乏(貯蔵鉄低下)の区別が必要です。

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症状

主症状は全身倦怠感、易疲労感、動悸、息切れ、集中力低下、頭痛、めまいなどの「酸素不足」に伴うものです。症状は緩徐に進むため見過ごされやすく、運動時に顕在化することがあります。高齢者ではフレイルや転倒リスクの増加とも関連します。

鉄欠乏に特有または関連の強い所見として、スプーン状爪、口角炎、舌炎、嚥下障害(プランマー・ヴィンソン症候群)、異食症(氷や土を好む)などが挙げられます。これらは進行した欠乏で目立ちますが、早期では非特異的症状のみのことも多いです。

子どもでは認知発達や行動に影響が及ぶ可能性が指摘され、学習の遅れや情緒の問題が報告されています。妊娠中の鉄欠乏は早産や低出生体重、産後うつなど母児双方のアウトカム悪化に関連することが示されています。

症状の程度はヘモグロビン値だけでなく、発症速度や基礎疾患、心肺機能によって左右されます。慢性的に進むとある程度の代償が働くため、重度でも自覚症状が乏しいことがあり、検査で初めて見つかることもあります。

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病態生理

鉄は主にヘモグロビン、ミオグロビン、酵素に分布し、肝臓や網内系にフェリチンとして貯蔵されます。腸管からの吸収は十二指腸で行われ、ヘプシジンという肝ホルモンがフェロポルチンを介して吸収と動員を制御します。炎症や感染でヘプシジンは上昇し、鉄の流出を抑えます。

鉄欠乏が徐々に進むと、まず貯蔵鉄(フェリチン)が低下し、次に血清鉄・トランスフェリン飽和度が下がります。最終段階でヘモグロビン合成が障害され、赤血球は小さく色が薄い「小球性低色素性」となります。網赤血球ヘモグロビン含量も低下します。

慢性出血は最も一般的な原因で、月経過多や消化管出血が典型です。吸収障害(セリアック病、胃切除、炎症性腸疾患)や需要増大(妊娠、成長期)も寄与します。薬剤ではアスピリンやNSAIDsが微小出血を増やし、PPIは鉄吸収をわずかに抑えることがあります。

まれに遺伝性の鉄欠乏性貧血(IRIDA)があり、TMPRSS6遺伝子変異によりヘプシジンが過剰に高くなって経口鉄に反応しにくいのが特徴です。この場合は静注鉄が必要になることが多く、他の原因精査と区別が重要です。

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診断

診断の基本は全血球計算(CBC)で、ヘモグロビン低値、平均赤血球容積(MCV)低下、赤血球分布幅(RDW)上昇が典型です。確定には血清フェリチン低値が最も有用で、通常は30 ng/mL未満を鉄欠乏の目安とします。炎症時は閾値を上げて解釈します。

補助指標として血清鉄、トランスフェリン飽和度、可溶性トランスフェリン受容体、網赤血球ヘモグロビン含量などを用います。慢性炎症に伴う貧血との鑑別が重要で、便潜血や上部・下部内視鏡で出血源を探すことがあります。

成人男性と閉経後女性の新規鉄欠乏性貧血では、消化管悪性腫瘍の可能性も考慮して消化管精査が推奨されます。若年女性でも月経過多だけと決めつけず、症状や家族歴に応じて段階的に精査します。

妊娠中は基準値が異なり、スクリーニングが推奨されます。小児では年齢別基準で評価し、栄養や寄生虫感染、吸収障害の評価が必要です。診断後は原因に応じた治療計画を立て、治療反応(ヘモグロビン上昇、フェリチン回復)をフォローします。

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治療

第一選択は経口鉄剤で、硫酸鉄・フマル酸鉄・グルコン酸鉄などの製剤を用います。従来は1日100~200 mgの元素鉄が推奨されましたが、近年は隔日投与や少量開始が吸収と忍容性の面で有利とする報告があります。

経口鉄は空腹時の方が吸収されますが胃腸障害が出やすいため、実臨床では食後や徐放製剤の使用などで継続性を優先します。ビタミンC併用の必須性は低く、紅茶やコーヒーは同時摂取を避けるとよいとされます。

重度の欠乏、炎症性腸疾患、術後、IRIDA、経口不耐などでは静注鉄(鉄カルボキシマルトース、鉄スクロース等)を用います。投与後はフェリチンとヘモグロビンの反応を確認し、貯蔵鉄の再構築まで十分な期間継続します。

治療の要は原因対策です。月経過多には婦人科的治療、消化管出血には内視鏡・H. pylori除菌、寄生虫には駆虫、PPI長期使用の見直しなどを行います。輸血は循環動態不安定や重篤症例に限り、原疾患治療と並行します。

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