鉄代謝障害
目次
鉄代謝障害の基礎と概念
鉄代謝障害とは、体内の鉄の取り込み、運搬、貯蔵、排泄のバランスが崩れ、鉄が不足または過剰となる状態の総称です。代表的には鉄欠乏性貧血のような不足状態と、遺伝性ヘモクロマトーシスや輸血後鉄過剰症のような過剰状態が含まれます。鉄は酸素運搬やミトコンドリア機能に不可欠ですが、過剰では酸化ストレスを引き起こします。従って、鉄代謝の恒常性は健康の根幹に関わります。
鉄の恒常性の中枢は肝臓から分泌されるホルモン・ヘプシジンで、腸管からの吸収とマクロファージからの鉄放出を制御します。ヘプシジンが高ければ吸収は抑制され、低ければ吸収が亢進します。炎症、低酸素、鉄貯蔵量、エリスロポエシスの活性などがヘプシジン発現に影響を与え、これらのシグナルの乱れが鉄代謝障害の病態に直結します。
臨床的には、症状が出るまで時間がかかることが多く、慢性的に進行します。鉄欠乏では倦怠感、労作時息切れ、爪の変形、脱毛などが、鉄過剰では肝機能障害、皮膚の色素沈着、内分泌異常、心機能障害などがみられます。早期からの検査による把握が重要です。
鉄代謝障害は単一疾患ではなく、原因の多様性が特徴です。遺伝子変異によるヘプシジン経路の障害、慢性出血や炎症による二次性の変化、輸血やサプリメントによる医原性の影響など、患者ごとに背景が異なります。そのため、画一的ではない個別化された診療が求められます。
参考文献
- HFE-Related Hemochromatosis - GeneReviews
- Hepcidin and iron homeostasis (review) - Blood
- WHO: Anaemia policy and data portal
代表的な疾患スペクトラム
鉄欠乏性貧血は世界で最も頻度の高い栄養関連疾患の一つで、慢性出血、妊娠・授乳期の需要増加、吸収不全(セリアック病、胃切除後など)が主因です。小児や若年女性に多い一方で、高齢者では消化管出血の精査が不可欠となります。
遺伝性ヘモクロマトーシスは主にHFE遺伝子変異(C282Yなど)によりヘプシジンが低下し、腸管からの鉄吸収が過剰となる疾患です。北欧系に多く、日本では稀ですが、トランスフェリン飽和度上昇とフェリチン高値が診断の手掛かりです。
輸血後鉄過剰症は、慢性貧血で反復輸血を受ける患者(サラセミア、骨髄不全、鎌状赤血球症など)で生じます。体は能動的な鉄排泄機構を持たないため、輸血1単位ごとに約200〜250mgの鉄が蓄積し、臓器障害のリスクが高まります。
炎症に伴う貧血(機能的鉄欠乏)は、感染・自己免疫・悪性腫瘍などでヘプシジンが上昇し、鉄が利用できない状態です。鉄貯蔵は十分でも赤血球合成に鉄が届かず、フェリチンは正常〜高値、トランスフェリン飽和度は低下するのが特徴です。
参考文献
- EASL Clinical Practice Guidelines on haemochromatosis (2022)
- WHO guideline on use of iron supplementation (2016)
- Anemia of inflammation - Annual Review
病態生理とヘプシジン中心の制御
ヘプシジンはフェロポルチンという鉄輸送体に結合し、その内在化と分解を促して腸管吸収と網内系からの鉄放出を抑制します。貯蔵鉄が多い、炎症がある場合はヘプシジンが上がり、逆に貧血・低酸素・強い造血刺激があるとヘプシジンは下がります。
HFE、HJV、HAMP、TFR2、SLC40A1などの遺伝子は、肝細胞でのヘプシジン発現やフェロポルチン機能に関与します。これらの機能低下は鉄過剰を、TMPRSS6の機能低下はヘプシジン過剰を通じて難治性の鉄欠乏を招きます。
炎症性サイトカイン(特にIL-6)はJAK/STAT経路を介してヘプシジンを誘導し、機能的鉄欠乏を引き起こします。一方、骨髄由来のエリスロフェロンは造血需要増大時にヘプシジンを抑制して鉄動員を促します。これらのバランスが破綻すると病態が顕在化します。
腸内環境、胃酸分泌、ビタミンC摂取なども鉄吸収に影響します。胃酸抑制薬の長期使用や胃切除は吸収低下を招き、逆にビタミンCは非ヘム鉄の吸収を高めます。アルコールや肝疾患はヘプシジン不全を介して過剰の一因となることがあります。
参考文献
- Hepcidin and iron homeostasis (review) - Blood
- Erythroferrone and regulation of hepcidin - Nat Genet
- Ferroportin disease overview - Orphanet
診断のアプローチ
初期評価には血算(Hb、MCV、MCH)、血清フェリチン、血清鉄、TIBC/トランスフェリン、トランスフェリン飽和度の測定が有用です。フェリチン低値は鉄欠乏に高い特異度を持ち、飽和度上昇は鉄過剰を示唆します。CRPなど炎症マーカーとの併用解釈が重要です。
消化管出血の疑いがある場合は便潜血検査や内視鏡による精査を行います。月経過多、妊娠・授乳歴、献血頻度、NSAIDs使用歴、胃酸抑制薬使用などの聴取も欠かせません。
家族歴やトランスフェリン飽和度の高値を伴う持続的フェリチン高値がある場合は、HFEなど遺伝学的検査を考慮します。輸血歴のある患者ではMRIによる肝心鉄定量が臓器負荷の評価に役立ちます。
二次性の原因が疑われる場合は、慢性腎臓病、炎症性疾患、感染症、悪性腫瘍などの基礎疾患の評価が必要です。病態の層別化は治療選択と予後改善に直結します。
参考文献
- BSH guideline: Investigation of iron deficiency anaemia (2021)
- AASLD/EASL guidance on haemochromatosis
- MRI for liver iron quantification - Radiology Assistant
治療と予防の原則
鉄欠乏では原因是正と鉄補充が基本です。第一選択は経口鉄(硫酸鉄など)で、忍容性を高めるため隔日投与が推奨される場合があります。吸収不全や高度欠乏では静注鉄(カルボキシマルトース鉄、スクロース鉄など)を用います。
遺伝性ヘモクロマトーシスでは瀉血療法が標準で、フェリチン50–100 ng/mLを維持目標とします。輸血後鉄過剰症には鉄キレート薬(デフェラシロクス、デフェロキサミン、デフェリプロン)を適応に応じて使用します。
予防として、リスク群(妊婦、幼児、月経過多の女性)への適切な鉄介入が有効です。一方で、成人男性や閉経後女性では不要な鉄サプリの乱用を避けるべきです。アルコール多飲の是正、肝炎予防は鉄過剰の進展を抑えます。
家族歴がある場合のスクリーニング、慢性疾患の適切なコントロール、定期的な検査による早期介入が長期予後を左右します。個別の背景に応じた生活指導と医療介入の組み合わせが重要です。
参考文献

