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足首と上腕の血圧比

目次

足首と上腕の血圧比(ABI)の概要

足首と上腕の血圧比(ankle-brachial index: ABI)は、足首(後脛骨動脈や足背動脈)と上腕(上腕動脈)の収縮期血圧を測定し、足首の値を上腕の値で割った比率です。動脈硬化により下肢動脈が狭くなると足首の血圧が相対的に低下するため、ABIは末梢動脈疾患(PAD)の簡便なスクリーニング指標として広く用いられています。非侵襲で所要時間が短く、一次医療から専門医療まで幅広い場面で活用されます。

測定は患者を安静臥位で5~10分休ませた後、適切な幅の血圧カフを足関節と上腕に装着し、ドップラーまたは自動測定機で収縮期血圧を計測します。通常は左右の足と腕を測定し、足首側は後脛骨動脈と足背動脈の高い方、上腕側は左右いずれかの高い方を用いて比を計算します。測定条件(室温、カフサイズ、安静時間)の標準化が精度に影響します。

ABIの基準的な解釈は、1.00~1.40が正常、0.91~0.99が境界、0.90以下でPADを示唆します。一方で1.40以上の高値は動脈壁の石灰化(特に糖尿病や慢性腎臓病でみられる内膜・中膜石灰化)により動脈が圧縮されにくい「非圧縮性」を反映し、偽陰性の可能性があります。その場合は趾—上腕血圧比(TBI)を検討します。

ABIは診断だけでなく予後予測にも有用で、0.90以下は心筋梗塞・脳卒中・心血管死のリスク上昇と関連します。運動負荷や治療前後での変化は、歩行能や症状改善の評価にも役立ちます。国際的なガイドラインや総説では、その測定法、解釈、限界点が詳細に解説されています。

参考文献

遺伝的要因と環境的要因の寄与

ABIは多因子性の表現型で、遺伝的素因と環境・生活習慣要因の双方の影響を受けます。家族歴やゲノムワイド関連解析(GWAS)の結果から、動脈硬化の素因に関わる多くの遺伝子がABIにも影響しうることが示されていますが、効果量は一般に小さく、多数の遺伝的変異の累積効果として現れます。

現時点のエビデンスからは、ABI(あるいはPADリスク)に対する遺伝的寄与は概ね20~40%程度と推定され、残りの60~80%は喫煙、糖尿病、高血圧、脂質異常、加齢などの環境・生活要因の寄与が大きいと考えられます。これは他の動脈硬化関連形質(頸動脈内膜中膜厚や冠動脈疾患素因)と同程度の遺伝率の範囲に位置づけられます。

一方で、測定誤差や人種・年齢構成、併存疾患の違いによって遺伝率推定は変動します。特に糖尿病・慢性腎臓病では動脈の非圧縮性がABIの解釈を難しくし、遺伝的寄与の推定にもバイアスを与えうるため注意が必要です。

臨床的には、遺伝的素因の評価よりも、禁煙、血糖・血圧・脂質の管理、運動療法など修正可能な環境要因の最適化がABI改善とイベント抑制に直結します。遺伝は「感受性の土台」、環境は「発症・進展のドライバー」と考えるのが実際的です。

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ABIの解釈と臨床的意義

ABIは0.90以下でPADの存在が強く示唆され、0.70未満で重症化、0.40未満では安静時疼痛や潰瘍を伴う重症虚血が疑われます。0.91~0.99の境界域は、症状や他検査(TBIや運動負荷ABI)を併用して総合判断します。

1.40以上の高値は中膜石灰化による非圧縮性を示し、実際には下肢血流が低下していてもABIが偽陰性となることがあります。この場合は趾圧(TBI)や経皮酸素分圧、脈波伝播速度などの補助的評価が有用です。

ABIの低下は下肢の虚血にとどまらず、全身の動脈硬化負荷を反映するため、心筋梗塞・脳卒中・心血管死亡の独立した予後因子です。したがって、ABI低値が判明したら、抗血小板薬やスタチン、降圧・糖代謝管理、運動療法など包括的リスク低減策を検討します。

測定時は十分な安静、適切なカフ幅、左右差の評価、複数回の測定が推奨されます。環境(室温)や最近の喫煙・カフェイン摂取も結果に影響しうるため、標準化が望まれます。

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ABIに関与する遺伝子と代表的変異

ABIを規定する遺伝的背景は多遺伝子性で、動脈硬化の素因に関わる座位が多数同定されています。9p21領域(CDKN2B-AS1)などは冠動脈疾患だけでなく末梢動脈疾患リスクとも関連し、ABI低下の遺伝的素因の一部を説明すると考えられています。

脂質代謝関連のLPA、LDLR、PCSK9などの変異はLDLコレステロールやリポプロテイン(a)を介して動脈硬化リスクを高め、結果的にABIの低下(PADの発症)と関連します。スタチンやPCSK9阻害薬がイベント抑制に有効であることは、この経路の臨床的意義を裏づけます。

まれな原因として、NT5E(CD73)遺伝子の機能喪失変異により四肢動脈の石灰化をきたす疾患が知られています。この場合、動脈が非圧縮性となるため、ABIが異常高値(1.40以上)となり、実際の血流障害を過小評価する可能性があります。

近年の多民族GWASでは、炎症、平滑筋機能、細胞外マトリクスに関わる座位も報告されていますが、単一遺伝子の効果は小さく、ポリジェニック・リスクスコアとしての活用や表現型(ABI)と臨床転帰の橋渡し研究が今後の課題です。

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実施上の注意とその他の知識

測定前に5~10分の安静を確保し、適切なカフ幅(下肢は四肢周径の約40%)を選択します。足背動脈と後脛骨動脈の両方を測定し、高い方の収縮期血圧を採用すること、左右の上腕も測定し高い方を用いることが推奨されます。

糖尿病や慢性腎臓病では動脈石灰化によりABIが高く出ることがあるため、TBIや波形解析の併用が有用です。また、運動負荷で歩行後のABI低下を確認することで、安静時に正常の患者でも下肢虚血を検出できる場合があります。

ABI値は経時的変化の把握に適しており、禁煙や運動療法、血圧・脂質・血糖管理の介入効果を定量的に追跡できます。症状や歩行距離の評価と組み合わせて総合的に判断します。

一般集団への一律スクリーニングは有益性が不確実とされますが、高リスク群(喫煙者、糖尿病、高齢者、動脈硬化既往)では低侵襲で有用な評価手段です。適切な測定と解釈が、心血管イベントの予防につながります。

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