言語的短期記憶
目次
概要と定義
言語的短期記憶は、数秒から十数秒のあいだ言語情報を保持・操作する能力で、作業記憶の音韻ループに強く依存します。数字の復唱や単語・ノンワードの反復で典型的に評価され、語彙学習や読字の基盤になります。
この系は音声入力を音韻符号に変換して短時間保持し、内的な「復唱」(サブボーカル・リハーサル)で痕跡を維持します。語の長さや音の類似度が高いほど保持が難しくなる現象がよく知られています。
言語的短期記憶は加齢や注意、聴力、処理速度の影響を受け、学齢期の学習成績と中程度以上に関連します。他方で高い知能を持ちながらこの機能が相対的に弱い人もおり、プロフィールの把握が重要です。
臨床的には発達性言語障害、読字障害、失語症などで低下がみられます。検査は文化・言語背景の影響を受けうるため、課題選択と反復測定で安定した推定を行うのが望まれます。
参考文献
- Baddeley: Working memory: theories, models, and controversies
- Gathercole & Baddeley: The phonological loop and vocabulary learning
神経基盤とメカニズム
音韻ループは左側頭‐頭頂(上側頭回、縁上回)で音韻表象を保持し、左下前頭回・前運動野が復唱制御を担うと考えられます。背側経路の結合が効率的な符号化と保持に寄与します。
機能画像研究では、聴覚呈示の非単語保持時に左縁上回とブローカ野の協調活動がみられます。拡散テンソル画像では弓状束の構造指標が成績と相関する報告があります。
音韻類似性効果や語長効果、発話抑制で成績が低下することは、音韻表象と復唱の相互依存を支持します。注意資源の配分が不十分なときは保持が破綻しやすくなります。
脳損傷では左側頭‐頭頂接合部の病変で音韻保持が顕著に低下します。一方、意味系は比較的保たれる場合もあり、症候の乖離が診断の手がかりとなります。
参考文献
- Buchsbaum & D'Esposito: The search for the phonological store
- Paulesu et al.: The anatomy of phonological short-term memory
遺伝と環境の寄与
双生児研究のメタ解析では、認知特性の平均遺伝率はおよそ50%とされ、言語的短期記憶でも中等度の遺伝要因が示唆されます。課題や年齢により幅があり、共有環境の寄与は比較的小さい傾向です。
学童期では遺伝率40–60%、共有環境10–20%、残差は非共有環境や測定誤差と見積もられることが多いですが、幼児期は環境寄与がやや大きくなる報告もあります。
教育環境・読書量・語りかけの質、難聴や注意障害などが環境側の主要因です。訓練や補助は短期的改善をもたらしますが、転移の広さには個人差があります。
遺伝率は「固定された割合」ではなく集団・時代・測定法で変わります。個人レベルでは遺伝要因と環境要因の相互作用を前提に解釈することが重要です。
参考文献
- Polderman et al.: Meta-analysis of the heritability of human traits
- Hayiou-Thomas et al.: Genetic and environmental etiology of language skills
関連遺伝子と変異
発達性言語障害では、FOXP2の稀な機能低下変異が重度の発話・言語障害をもたらすことが知られていますが、一般集団の個人差説明はごく一部です。
FOXP2の標的であるCNTNAP2は言語発達や音韻処理との関連が報告され、機能的多型が表現型に小さな効果で寄与しうるとされます。
SLIに関連するATP2C2とCMIPの多型はノンワード反復(音韻短期記憶)の成績と関連し、音韻保持の遺伝的基盤の一端を示します。効果量は小さく多因子的です。
読字障害で報告のあるDCDC2やKIAA0319、ROBO1も音韻処理と関連づけられ、言語的短期記憶の脆弱性に重なりうる経路が示唆されます。
参考文献
- Newbury et al.: CMIP and ATP2C2 variants and phonological STM
- Vernes et al.: FOXP2 regulates CNTNAP2
評価と臨床的意義
代表的評価は数列復唱、語・文の復唱、ノンワード反復です。母語に依存しにくいノンワード反復は国際比較で有用ですが、音韻在庫の違いに配慮が必要です。
学習では語彙獲得、音韻意識、読字の自動化に密接に関わります。弱さがあると新語習得が困難になり、教示の分節化や視覚補助が助けになります。
介入としては音韻認識訓練、短いチャンク化、ゆっくり明瞭な呈示、反復練習、背景雑音の低減などが推奨されます。効果は個人化と継続で高まります。
結果の解釈では注意・聴力・発話速さ・不安の影響を除外する必要があります。縦断評価で発達軌道を追い、強みを活かす支援計画を立てるのが望ましいです。
参考文献

