角膜の厚み
目次
定義と臨床的意義
角膜の厚みは主に中央角膜厚(central corneal thickness: CCT)を指し、成人ではおおむね約520〜560µmの範囲に分布します。CCTは角膜形態の重要な基礎指標であり、屈折矯正手術の適応判断や疾患の評価に広く用いられます。
CCTは眼圧測定の精度に影響します。特にアプラネーション眼圧計は角膜特性の影響を受けるため、薄い角膜では眼圧が過小評価され、厚い角膜では過大評価される傾向があります。臨床ではCCTを併記して眼圧を解釈します。
緑内障リスクとの関連も確立しています。Ocular Hypertension Treatment Study(OHTS)では、薄いCCTが高眼圧から緑内障へ進展する独立リスク因子と示され、リスク層別化に必須の情報とされます。
CCTは角膜の生体力学とも関係します。角膜実質の膠原線維配列と含水量が厚みに影響し、角膜強度や形状安定性にも波及します。そのため、角膜円錐症や角膜浮腫など構造の変化を伴う疾患でCCTは大きく変動します。
参考文献
- EyeWiki: Central Corneal Thickness
- NEI: Ocular Hypertension Treatment Study (OHTS)
- Anatomy and physiology of the cornea (Review)
測定法と再現性
CCTの測定には超音波パキメトリーが長年の標準で、接触式で高い再現性があります。一方、前眼部光干渉断層計(AS-OCT)やシェムフリュープ画像解析(Pentacamなど)といった非接触法も普及し、角膜全体の厚みマップが得られます。
非接触法は感染リスクが低く、術前評価や小児にも適します。装置間での系統差(バイアス)があるため、経過観察は同一機器・同一条件が望まれます。測定時刻や角膜水分状態もばらつき要因です。
日内変動として、起床直後は角膜浮腫のためやや厚く、その後数時間で安定化します。コンタクトレンズ装用直後や長時間装用後も角膜含水率の変化で一過性の厚み変動がみられます。
屈折矯正手術前は、角膜形状・生体力学・CCTを総合的に把握することが安全性に直結します。薄い角膜では切除量や術式に制限が生じ、合併症リスクを避けるため慎重な計画が必要です。
参考文献
生物学的・発生学的決定要因
角膜の厚みは主に実質(stroma)の占める割合が大きく、実質の膠原線維ラメラ構造と結合組織マトリクスが決定要因です。上皮や内皮の機能、特に内皮ポンプが含水量を調節し、厚みの恒常性維持に関与します。
加齢に伴い、角膜のコラーゲン架橋や内皮機能の変化が起こり、平均CCTはごくわずかに減少する傾向が報告されます。性別や民族差も小さいながら存在し、集団ごとに平均値が異なります。
環境因子として低酸素環境(高地・長時間の密閉性の高いレンズ装用)では一過性の浮腫によりCCTが増加します。逆に長期的な機械的負荷(強い目こすりなど)は角膜形状変化や菲薄化の一因と考えられています。
角膜疾患では厚みが病態の指標になります。角膜浮腫(内皮不全、炎症)では増加し、角膜円錐症では菲薄化と不正乱視が進行します。CCTは病勢評価と治療効果判定に役立ちます。
参考文献
遺伝学:遺伝率と関連遺伝子
双生児・家族研究から、CCTの遺伝率はおおよそ0.6〜0.9と高く推定されています。つまり個人差の多くは遺伝的背景で説明され、環境要因が残りの割合を担います。
ゲノムワイド関連解析(GWAS)では、ZNF469、COL5A1、COL8A2、FOXO1、FNDC3B、TCF4 などがCCTと関連する座位として報告されています。これらは膠原線維形成や細胞外マトリクス、内皮機能に関与します。
これらの遺伝的バリアントは角膜円錐症やフックス角膜内皮ジストロフィーなどの疾患感受性とも交差し、CCTが疾患リスクのエンドフェノタイプであることを示唆します。
ただし、単一遺伝子で厚みが決定されるわけではなく、多遺伝子かつ小効果の積み重ねが主体です。環境因子や生体力学的要素と相互作用し、表現型としてのCCTが現れます。
参考文献
- Meta-analysis of genome-wide association studies identifies novel loci associated with central corneal thickness
- EyeWiki: Central Corneal Thickness(Genetics section)
公衆衛生・疾患リスクと集団差
CCTは集団レベルでも分布が異なります。多民族コホート研究では、アフリカ系は平均的に薄く、欧州系は厚め、東アジア系はその中間〜やや薄めと報告され、緑内障リスク評価での考慮が推奨されます。
OHTSの知見から、薄いCCTを有する高眼圧例は緑内障への進展リスクが高く、早期からの観察や治療介入が有益です。角膜屈折矯正手術の安全性評価でもCCTは不可欠なスクリーニング項目です。
日本を含む東アジアでは平均CCTが欧米よりやや薄い傾向の報告が多く、眼圧の解釈やリスク層別に配慮が必要です。精度の高い計測体制と基準値の普及が、集団の眼の健康に資する対策となります。
臨床現場ではCCTを一度測定しておくことで、その後の眼圧・手術計画・疾患管理の判断精度が向上します。定期検診にCCT測定を組み込むことは、費用対効果の高い介入となり得ます。
参考文献

