血清パラオキソナーゼ活性
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概要
血清パラオキソナーゼ(PON1)は肝臓で合成され、主に高密度リポタンパク質(HDL)に結合して血中を循環するカルシウム依存性酵素です。従来は有機リン化合物の分解酵素として同定されましたが、現在では乳酸化合物(ラクトン)基質の加水分解を本来機能とする可能性が高いと考えられています。PON1活性は、基質や測定条件により異なる活性(パラオキソナーゼ、アリルエステラーゼ、ラクトナーゼなど)として評価されます。
PON1は酸化ストレスから脂質や細胞を守る役割を担うとされ、特に酸化変性LDLの解毒やHDLの抗酸化能維持に関与すると考えられています。動物実験ではPON1欠損が動脈硬化の進展を促すことが示され、ヒトでも低活性が心血管疾患リスクと関連する報告が多く存在します。ただし因果関係や効果の大きさは集団や方法によって異なります。
PON1活性は遺伝子多型(特にQ192R、L55Mやプロモーター多型)と環境因子(年齢、性別、喫煙、食事、薬剤、炎症、肝機能など)の影響を受け、大きな個人差がみられます。新生児では低く、乳幼児期に上昇して成人レベルに達し、高齢で低下する傾向があります。
臨床・研究の現場では、特定の基質を用いて活性を測定します。例えば、パラオクソン基質での活性はQ192R多型の影響を強く受け、フェニル酢酸基質でのアリルエステラーゼ活性は酵素量の指標に近いとされます。測定の標準化が十分でないため、施設間比較には注意が必要です。
参考文献
- Paraoxonase 1 - Wikipedia
- Costa LG, Giordano G, Furlong CE. Pharmacological and toxicological aspects of PON1
- Mackness B, Durrington PN, Mackness MI. Paraoxonase 1 and atherosclerosis
遺伝と環境の寄与
PON1活性の個人差には遺伝的要因が大きく関与し、双生児・家族研究では遺伝率が中等度から高いことが示唆されています。具体的には、基質や測定法により幅はありますが、おおむね50–70%程度が遺伝により説明されるとする報告が多く、残りが環境によると見積もられています。
遺伝的要因としては、Q192R(rs662)とL55M(rs854560)に加え、プロモーター領域の多型(-108C/Tなど)が転写や翻訳効率、さらには基質特異性に影響します。特にQ192Rはパラオクソンなど一部基質での活性に顕著な差をもたらしますが、全ての基質で一様に差が出るわけではありません。
環境要因として、喫煙、飲酒、食事の脂質・ポリフェノール摂取、抗脂質薬(スタチン、フィブラート等)、炎症状態、糖尿病、肥満、肝機能、腎機能、年齢、性別などが挙げられます。例えば抗酸化成分に富む食事や適度な運動は活性を上げる方向に作用する可能性があり、炎症や酸化ストレスは低下と関連します。
重要なのは、遺伝子型だけでは個人の解毒能や抗酸化能を十分に推定できない点です。PON1“ステータス”として、遺伝子型と実測活性(複数基質)を併せて評価するアプローチが提案されています。これにより、環境と遺伝の相互作用をより正確に反映できます。
参考文献
- Jarvik GP et al. Paraoxonase (PON1) phenotype is a better predictor of disease than PON1 genotype
- Richter RJ, Furlong CE. PON1 status and substrate-dependent variability
- Costa LG et al. Paraoxonase 1 and organophosphate metabolism
測定法と解釈の基礎
PON1活性の測定には、代表的にパラオクソン(p-ニトロフェノール生成を405nmで吸光測定)、フェニル酢酸(270nmでの吸光変化)やラクトン基質(ジヒドロクマリンなど)を用いた比色法があります。カルシウム依存性であるため試薬中のCa2+管理が重要で、温度やpH、NaCl濃度も活性に影響します。
フェニル酢酸によるアリルエステラーゼ活性は、Q192Rの影響を受けにくく、酵素量(PON1蛋白量)の指標に近いとされます。一方、パラオクソン活性はQ192Rで大きく変わり、個体の有機リン代謝能の違いを反映します。複数基質を併用すると、量と機能の両面を評価しやすくなります。
測定値の解釈では、同一個人内でも急性炎症や薬剤、食事で短期的変動が起こり得る点に注意が必要です。検査室間での条件差も大きいため、施設内の参考範囲と並行測定の比較が基本となります。
PON1の“ステータス”評価法では、二つ以上の基質系を同時に用いて活性比からQ192R機能型を推定しつつ、アリルエステラーゼ活性で量的指標を得ます。これにより、遺伝子型のみでは捉えにくい個人の解毒能を定量的に把握できます。
参考文献
- Furlong CE et al. Measurement of paraoxonase (PON1) status
- Neijssen J et al. Paraoxonase assays and substrates
- Camps J, Joven J. The paraoxonases: Role in human diseases
臨床的意義
低いPON1活性は、観察研究で動脈硬化性心血管疾患、糖尿病合併症、慢性腎臓病、非アルコール性脂肪性肝疾患などと関連する報告があります。これはHDLの抗酸化・抗炎症作用の低下や、酸化脂質の蓄積を介したメカニズムが想定されています。
一方、PON1は有機リン系殺虫剤のオキソン体(例:クロルピリホスオキソン、ジアゾキソン)を加水分解するため、低活性の個体は曝露時に神経毒性のリスクが高い可能性があります。職業曝露や事故時のリスク評価において、PON1活性は重要な情報となり得ます。
臨床での運用はまだ標準化途上であり、スクリーニング検査としての普及は限定的です。ただし研究・ハイリスク集団では、生活習慣・薬物療法の反応性やリスク層別化に補助的指標として活用されています。
PON1活性は治療介入により変化し得ます。体重管理、禁煙、食事の改善、適度な運動、脂質異常症治療(スタチンやフィブラート)や一部のポリフェノール摂取で上昇傾向が示唆される一方、炎症や感染、重度肝障害では低下がみられます。
参考文献
- Mackness MI, Mackness B. Anti-atherogenic role of paraoxonase-1
- Shih DM et al. PON1 knockout mice and atherosclerosis
- Costa LG et al. PON1 and organophosphate toxicity
その他の知識
PONファミリーにはPON1、PON2、PON3があり、PON1とPON3は主に肝臓で産生され血中HDLと結合します。PON2は細胞内に存在し分泌されません。三者はいずれもラクトナーゼ活性を持ちますが、基質特異性や組織分布が異なります。
PON1はアポA-Iやクラステリン(ApoJ)などと相互作用しHDL粒子上に安定化します。カルシウムが活性維持に不可欠で、キレート剤は活性を失わせます。酸化ストレスはPON1蛋白の酸化修飾を介して活性低下を引き起こすことがあります。
年齢による変動として、新生児・乳児では活性が低く、成長とともに上昇し成人レベルに到達します。加齢での低下傾向が報告されますが、生活習慣や併存疾患の影響も大きく個人差があります。
遺伝子検査のみでPON1活性を推定することは不十分であり、特に有機リン曝露リスク評価では実測活性が推奨されます。研究では複数基質系の同時測定を行い、個人のPON1ステータスを包括的に把握します。
参考文献

