血清セレン濃度
目次
定義と概要
血清セレン濃度は、血液中の液体成分である血清に含まれるセレン(Se)の量を示す指標で、通常はマイクログラム毎リットル(µg/L)で報告されます。セレンは必須微量元素で、体内ではセレノシステインとして複数のセレノプロテインに組み込まれ、抗酸化、防御、甲状腺ホルモン代謝、免疫調節などに関与します。したがって、血清セレン濃度は栄養状態や健康状態を映す生化学的マーカーのひとつです。
血清セレン濃度は、摂取量、吸収率、体内分布、炎症や感染などの生理・病理状態の影響を受けます。とくに地域の土壌セレン含量に左右される食事由来の差が大きく、国や地域によって集団平均値が大きく異なることが知られています。また、急性期反応では血清セレンが低下することがあるため、単回測定の解釈には臨床背景を踏まえる必要があります。
血清セレンは、活性が飽和しやすいセレノプロテイン(グルタチオンペルオキシダーゼ、セレノプロテインPなど)の充足度の目安になります。これらの酵素活性は、ある血中濃度域に達すると頭打ちになるため、至適範囲の議論では、単なる「正常範囲」だけでなく、生物学的機能の飽和点も参照されます。
臨床では、長期静脈栄養、消化吸収障害、慢性腸疾患、腎置換療法中、甲状腺疾患、重症患者、特定地域からの移住者などで血清セレンの測定が検討されます。サプリメント利用者の過剰摂取評価にも用いられますが、測定法や基準範囲は施設により異なるため、結果は検査室の参照区間に沿って解釈します。
参考文献
- NIH Office of Dietary Supplements: Selenium Fact Sheet (Health Professional)
- Rayman MP. Selenium and human health. Lancet 2012
正常範囲と解釈
多くの臨床検査室では成人の血清セレン参照範囲をおおむね70〜150 µg/L程度に設定しています。ただし、使用する分析法、地域の背景、対象集団によって幅に違いがあり、検査結果の報告書に記載された施設固有の参照区間を優先して解釈する必要があります。
生理機能から見た至適域の考え方では、グルタチオンペルオキシダーゼやセレノプロテインPの活性・濃度が飽和する血清セレンレベルが参考になります。研究では、GPx活性は約70〜90 µg/L付近で、セレノプロテインPは100〜120 µg/L前後で飽和に近づくとされ、これを下回る群では機能的欠乏の可能性が指摘されます。
一方で、過剰域に入ると脱毛、爪の脆弱化、胃腸症状、金属様口臭などのセレノーシス症状が現れることがあり、慢性的な極端な高値は有害です。過剰摂取は主にサプリメントの誤用や高含有の食材の過量摂取で起こるため、上限量を超えないよう注意が必要です。
炎症や妊娠、肝腎機能の変化、急性期反応では血清セレンが低下しうるため、臨床的にはCRPやアルブミンなど他の指標も併せて判断します。単回の境界値で過度に解釈せず、必要に応じ再検や食事歴の確認を行うのが実践的です。
参考文献
- Mayo Clinic Laboratories: Selenium, Serum—Reference values
- Hurst R, et al. Establishing optimal selenium status. Br J Nutr 2010
測定方法
血清セレンの定量には、誘導結合プラズマ質量分析(ICP-MS)が現在の標準的手法で、微量元素の高感度・多元素同時測定が可能です。前処理として希釈や消化を行い、内部標準を用いてマトリックス効果を補正します。コリジョン/リアクションセルの利用により多原子イオン干渉を抑制します。
原子吸光法(AAS)や水素化物発生原子蛍光法(HG-AFS)も歴史的に用いられてきましたが、感度や干渉の観点から臨床検査ではICP-MSが優位です。種(スペシエーション)分析が必要な場合はHPLCとICP-MSを結合し、セレノシステイン、セレノメチオニン、セレネイトなどの形態別定量を行います。
測定の正確さを担保するため、標準物質(NIST SRMなど)でトレーサビリティを確保し、外部精度管理プログラムや複数レベルのコントロールを運用します。試料採取ではゴム栓や汚染源からのセレン混入を避け、ヘモリシスの影響にも注意します。
検出限界は装置性能や前処理法に依存しますが、ヒト血清中の通常濃度域(数十〜百数十 µg/L)を十分にカバーします。定量結果は測定単位(µg/L、ng/mLが同等)を確認し、報告書に準拠した単位で解釈するのが重要です。
参考文献
生物学的役割
セレンは25前後のセレノプロテインに取り込まれ、グルタチオンペルオキシダーゼ群(GPx)、チオレドキシン還元酵素、ヨードチロニン脱ヨウ素酵素(DIO)などを通じて酸化還元恒常性、甲状腺ホルモン活性化、免疫応答、解毒に関与します。これらの機能は血清セレンの充足により最適に発揮されます。
セレン欠乏は、心筋症(ケシャン病)や骨軟化、免疫機能低下、男性不妊、甲状腺機能への影響などと関連づけられてきました。ヨウ素との相互作用も重要で、甲状腺疾患患者ではセレン状態の評価が示唆されます。
一方、過剰は前述のセレノーシスを引き起こし、疫学的にはU字型のリスク関係が報告される領域もあります。つまり、低すぎても高すぎても健康リスクが上昇しうるため、適正域の維持が肝心です。
生体はセレンを主にセレノプロテインPとして輸送し、肝臓での合成と末梢組織への供給が制御されます。血清セレンとセレノプロテインPの濃度は相関するため、機能的指標として補助的に用いられます。
参考文献
遺伝・環境要因
血清セレンの個人差は主として環境要因(食事、地域の土壌セレン、サプリメント、喫煙や炎症など)により規定されます。地理的な土壌含量の違いは食品を通じて摂取量に反映され、集団平均値の差の大半を説明します。
遺伝的には、セレノプロテインP(SEPP1/SELENOP)やグルタチオンペルオキシダーゼ(GPX1)などの遺伝子多型が血中セレンの分布や酵素活性に影響を与えることが報告されています。しかし、ゲノムワイド研究で説明される分散は小さく、総変動の一部に留まります。
双生児研究や家系研究を含む文献からは、微量元素の中でもセレンの遺伝率は低〜中等度と推定され、概ね環境要因が優位です。具体的な割合はコホートや測定法で異なるため、一定の幅をもって解釈すべきです。
実務上は、食事記録、地域背景、サプリメント使用歴、炎症マーカーの評価が最も有用で、遺伝子検査は研究的な位置づけに留まることが多いといえます。
参考文献
- Evans et al. GWAS of serum selenium, Hum Mol Genet 2013
- Méplan C, Hesketh J. Genetic polymorphisms in selenoprotein genes. Free Radic Biol Med 2012
異常値時の対応
低値の場合、まず食事摂取の改善(魚介類、肉類、卵、全粒穀類、ブラジルナッツなど)を検討し、必要に応じてサプリメントで成人推奨量(55 µg/日)を補います。長期静脈栄養や高度の吸収障害がある場合は医療者の管理下で補給計画を立てます。
高値の場合は、サプリメントの中止や高含有食品の制限を優先し、症状の有無を確認します。極端な高値や症状を伴う場合には中毒の鑑別、原因調査、再検査を行います。
上限量(UL)は米国IOMで成人400 µg/日と設定されており、これを超える長期摂取は避けるべきです。食品中のセレン含量は変動が大きく、ブラジルナッツは1粒あたりの含量のばらつきが非常に大きいため、過量摂取に注意します。
治療やフォローでは、CRPなどの炎症マーカーや甲状腺機能、肝腎機能、他の微量元素とのバランスも確認し、過度な補充や不必要な制限を避けることが重要です。
参考文献

