血小板内皮細胞接着分子(PECAM-1)血清濃度
目次
概念と概要
血小板内皮細胞接着分子(PECAM-1、CD31)は、免疫グロブリンスーパーファミリーに属する接着分子で、主に血管内皮細胞、血小板、単球や好中球などの白血球に発現します。血液中には膜型とは別に、剪断(シェディング)によって生じる可溶型PECAM-1(soluble PECAM-1; sPECAM-1)が存在し、その濃度は血清または血漿で定量できます。
sPECAM-1は内皮細胞接合部の安定性や白血球の血管外遊走と関連した分子動態を間接的に反映する可能性があり、炎症、動脈硬化、感染症、手術侵襲など内皮障害や活性化が起こる状態で上昇することが報告されています。ただし、特異性は高くなく、単独で病名診断に用いられることは稀です。
臨床検査としてのsPECAM-1測定は主に研究領域で活用され、標準化や統一的な基準範囲はまだ十分に確立されていません。測定値は使用するキット、検体種(血清か血漿)、前処理条件、保存方法などの前分析要因の影響を受けやすい点に留意が必要です。
定量にはサンドイッチELISAが広く用いられ、捕捉抗体でPECAM-1を固相化し、検出抗体と酵素反応の発色強度から濃度を求めます。校正曲線に基づく定量であり、測定の再現性やマトリックス効果への配慮が重要です。
参考文献
- Tzima et al. A mechanosensory complex that mediates the endothelial cell response to fluid shear stress (Nature, 2005)
- Privratsky & Newman. PECAM-1: regulator of endothelial junctional integrity and leukocyte transmigration (ATVB, 2010)
生物学的役割
PECAM-1は同種結合(ホモフィリック結合)や異種結合を介して内皮細胞間接合の維持に寄与し、血管バリア機能の保全に重要な役割を果たします。さらに、PECAM-1の細胞内ドメインにはITIMモチーフがあり、SHP-2などのリン酸化酵素をリクルートして抑制性シグナルを伝達します。
白血球の血管外遊走では、PECAM-1が内皮と白血球双方に発現して架橋されることで、透過の初期段階が円滑に進むとされます。これは炎症反応の解剖学的なボトルネックに関与するため、PECAM-1の機能不全は過剰炎症や感染制御の不全のいずれにもつながり得ます。
内皮の機械刺激応答でもPECAM-1は重要で、VEカドヘリン、VEGFR2とともに機械感受性複合体を形成し、ずり応力に対する内皮の整列、NO産生、炎症表現型の制御などに関与します。これらの機能は動脈硬化の好発部位(乱流領域)での病態形成に影響します。
血小板ではPECAM-1がITIMを介して活性化シグナルを制御し、過剰凝集の抑制に関与します。したがって、sPECAM-1の循環濃度は、内皮‐血小板‐免疫系の相互作用状態の総和を反映する間接指標と考えられています。
参考文献
- Nourshargh et al. Breaching multiple barriers during leukocyte diapedesis (Nat Rev Mol Cell Biol, 2010)
- Newman PJ. The biology of PECAM-1 (Review)
測定法と前分析要因
sPECAM-1は多くの市販ELISAキットで定量可能ですが、抗体エピトープ、標準品の組成、検体希釈倍率などが異なり、絶対値の比較は同一法・同一キット内に留めるのが原則です。血清と血漿で値が異なることがあり、施設間差にも注意が必要です。
前分析要因としては、採血管の種類(EDTA/クエン酸/ヘパリン)、室温放置時間、遠心条件、凍結融解回数、溶血や高脂血清の干渉などが挙げられます。これらは可溶型接着分子の測定に広く影響しうるため、標準作業手順に従うことが求められます。
サンドイッチELISAの理論は、固相化した捕捉抗体と、検出抗体(多くはHRP標識)とでターゲットを橋渡しし、TMBなどの基質発色を光学濃度で読み取るものです。検量線は4PL/5PL回帰でフィッティングされ、未知試料濃度を算出します。
品質管理では、低・中・高濃度のコントロールを用いて日内・日差の精度を監視し、測定範囲外は適切に再希釈します。マトリックス差やヘテロフィル抗体による偽高値・偽低値にも注意します。
参考文献
臨床的意義
sPECAM-1の上昇は内皮細胞の活性化・障害、血小板活性化、炎症反応の元進と関連づけられ、急性冠症候群、敗血症、自己免疫疾患、糖尿病性血管合併症などで報告があります。ただし、疾患特異性は高くないため、他のバイオマーカーや臨床所見と統合して解釈します。
動脈硬化の文脈では、剪断応力の変化に対する内皮応答や、白血球浸潤の制御に関わるPECAM-1の機能が病態に寄与し得るため、sPECAM-1はリスク層別化や病勢モニタリングの探索的指標として検討されています。
感染症や外科的侵襲後には一過性の上昇がみられることがあり、経時的な推移を見ることで内皮障害の回復過程の推定に資する可能性があります。
一方で、低値の臨床的意味は限定的で、測定感度や希釈誤差の影響もあり、解釈には慎重を要します。
参考文献
- Blann AD et al. Soluble adhesion molecules in cardiovascular disease (Review)
- Boos CJ, Lip GY. Assessment of endothelial damage/dysfunction (JACC Review)
参考範囲と解釈の実際
健常者におけるsPECAM-1の“基準範囲”は、測定法や集団により大きく異なり、普遍的な参照間隔は確立していません。メーカーのキット添付文書には健常ドナーの参考データが示されることがありますが、施設内での検証が推奨されます。
測定値の解釈では、同一個人内での経時変化、他の内皮マーカー(vWF、sICAM-1、sVCAM-1、E-セレクチン等)や炎症マーカー(CRP)との併用が有用です。単回測定の絶対値のみで病態を断じることは避けるべきです。
遺伝的背景(PECAM1遺伝子多型)や年齢、喫煙、代謝異常などの環境因子がsPECAM-1に影響しうると推測されますが、具体的な寄与率は十分に確立されていません。関連分子では遺伝要因の寄与が報告されています。
したがって、sPECAM-1は“内皮状態の非特異的指標”として、文脈依存で使うのが現実的であり、臨床判断は必ず総合的に行う必要があります。
参考文献

