血中α-リノレン酸濃度
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概要
α-リノレン酸(ALA)はヒトが体内で合成できない必須脂肪酸で、植物油(亜麻仁、えごま、チアシードなど)やクルミ、菜種油などに多く含まれます。ALAは主にエネルギー源として酸化され、一部は体内でエイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)に変換されますが、その変換効率は一般に低いことが知られています。血中ALA濃度は、直近の摂取や代謝、吸収状態の指標となり、栄養学・疫学・臨床の各分野でバイオマーカーとして用いられます。
血中ALAは「絶対濃度(μmol/L、μg/mL)」あるいは「総脂肪酸に占める割合(%)」として報告されます。検体は血漿・血清または赤血球膜脂肪酸が用いられ、それぞれ反映する時間窓が異なります。血漿は数日単位の変動を、赤血球膜は数週間から数カ月の食事パターンを反映します。どの分画で測定した値かを解釈にあたり必ず確認する必要があります。
ALAはn-3系多価不飽和脂肪酸の起点であり、細胞膜リン脂質に取り込まれることで膜の流動性や受容体・チャネル機能に間接的に影響します。また、ALAそのものやその代謝産物が炎症・止血・代謝経路に影響しうることが実験的に示されています。ただし、心血管保護などのアウトカムに対する効果は、EPA/DHAのバイオマーカーと比べて一貫性が弱いという報告もあります。
疫学研究では、循環中ALAが食事由来の摂取量を概ね反映する一方、遺伝的多型(とくにFADS遺伝子群)や喫煙、体格、糖代謝、季節、検体保存条件など複数の交絡因子に影響されることが示されています。従って、血中ALAを解釈する際は、生活習慣・臨床背景・測定法を合わせて評価することが重要です。
参考文献
- NIH ODS: Omega-3 Fatty Acids Fact Sheet for Health Professionals
- Burdge & Calder 2005: Conversion of alpha-linolenic acid to long-chain n-3 PUFA in humans
測定と方法論
血中ALAの定量は、脂肪酸メチルエステル(FAME)化後にガスクロマトグラフィー(GC-FID/GC-MS)で分離・検出するのが標準的です。内部標準(例:C17
)を用いて定量性を担保し、各脂肪酸を保持時間と質量スペクトルで同定します。前処理としては、全脂質、リン脂質、トリアシルグリセロールなど分画ごとに抽出するか、赤血球膜を分離して測るかで、結果の解釈が変わります。GCでは炭素数や二重結合の数に応じて保持時間が変化し、ALA(18
n-3)は特徴的な溶出パターンを示します。FID検出は脂肪酸に対して線形性が良く、再現性に優れます。GC-MSを用いると共溶出のリスクを減らし、同定の確度を高めることができます。最近ではLC-MS/MSによる脂質種(分子種)解析も行われますが、ALAそのものの定量ではGC系が依然として広く使われます。赤血球膜脂肪酸は、過去2〜3カ月の摂取を平滑化した指標とされ、生物学的変動が比較的小さい利点があります。一方、血漿(または血清)脂肪酸は、数日〜数週間の食事や急性の代謝変化に敏感で、介入試験の短期的な変化検出に適します。検体は酸化を避けるため遮光・低温で保存し、抗酸化剤の添加や迅速な凍結保管が推奨されます。
測定値は絶対量と割合のどちらで表すかによって解釈が異なります。水分量や脂質総量に左右されにくいという点で割合表示(%)を採用する研究が多い一方、割合は他脂肪酸の増減の影響を受けるため、絶対濃度と併記することで実態を把握しやすくなります。品質管理のために、標準試料・デュプリケート測定・外部精度管理プログラムの利用が推奨されます。
参考文献
- Ichihara et al. 2010: Rapid transesterification method for FAME
- Arab 2003: Biomarkers of fatty acid intake
基準範囲と解釈
ALAの『正常値』には国際的な統一基準がなく、検体分画・集団・測定法で幅があります。血漿(リン脂質)でのALAは総脂肪酸に対する割合でおよそ0.3〜1.0%の範囲が多く報告され、赤血球膜では0.1〜0.4%程度がしばしば観察されます。これは集団平均の目安であり、臨床判断には施設の基準範囲や参照集団を確認する必要があります。
値が低い場合は、ALA摂取不足、脂質吸収障害(胆汁うっ滞、膵外分泌不全、小腸疾患)、極端な低脂肪食、長期の経腸・静脈栄養で必須脂肪酸が不足している可能性などを考えます。値が高い場合は、亜麻仁油・えごま油・チア種子などの高ALA食品の摂取増加、サプリメント使用、体重減少に伴う脂質動員、検体の溶血や保存条件の影響といった要因が考えられます。
解釈においては、少なくとも(1)検体の種類(血漿か赤血球か)、(2)表示単位(絶対量か割合か)、(3)採血のタイミング(食後・絶食)、(4)併用脂肪酸(EPA/DHA、リノール酸など)の状況、(5)生活習慣と併存疾患、を合わせて評価することが重要です。横断的な一時点の数値よりも、同一条件での経時的な変化の方が、栄養・代謝の把握に有用です。
疫学的には、循環中ALAが高いほど致死的冠動脈疾患リスクが低いとする報告がある一方、介入試験のアウトカムは一貫せず、因果関係の解釈には注意が必要です。循環バイオマーカーは摂取と代謝の双方に影響されるため、感度は高くとも特異性に限界がある点を理解することが求められます。
参考文献
- Sun et al. 2008: Plasma phospholipid fatty acids and CHD risk
- Cochrane Review 2020: Omega-3 fatty acids for CVD
遺伝・環境要因
ALAの血中濃度は主として食事摂取に依存しますが、脂肪酸不飽和化酵素群(FADS1/2)や伸長酵素(ELOVL)などの遺伝的多型が、ALAから長鎖n-3系への変換効率や脂肪酸プロファイル全体に影響します。GWASでは、FADS領域のバリアントがPUFAの血中濃度の分散の一部を説明することが繰り返し示されています。
ただし、ALAそのものに関しては、EPAやアラキドン酸ほど強固な遺伝的シグナルが見られないことが多く、摂取量・食品選好・調理油の使用などの環境要因の影響が相対的に大きいと考えられます。双生児研究や家族研究では、脂肪酸プロファイルの遺伝率は脂肪酸種により大きく異なり、ALAの遺伝率は低〜中等度と推測されていますが、研究間のばらつきが大きい点に留意が必要です。
生活習慣としては、喫煙、飲酒、体脂肪率、インスリン抵抗性、炎症、身体活動、季節や地域の食文化がALAのバイオマーカーに影響します。特に植物性食品の摂取が多いパターン(ベジタリアン、プラントベース食)はALAが高く、同時にEPA/DHAが低くなる傾向が観察されます。
したがって、血中ALAに見られる個人差は、多因子(食事・遺伝・代謝・環境)の相互作用の結果です。単一の数値で個人の代謝能を決めつけるのではなく、食事記録や他の脂肪酸指標と総合的に評価することが推奨されます。
参考文献
- Lemaitre RN et al. 2011: Genetic loci for n-3 PUFAs
- Glaser et al. 2010: FADS polymorphisms and fatty acids
臨床・公衆衛生的意義
臨床の現場で血中ALAを単独で測定する場面は多くありませんが、栄養評価や研究、脂質異常・消化吸収障害の精査、食事介入のモニタリングで有用です。赤血球膜脂肪酸測定は中長期的な食事パターンの把握に役立ち、患者教育や栄養相談における客観的指標となります。
公衆衛生の観点では、植物由来n-3脂肪酸の摂取促進は持続可能性の面でも注目されます。ALAの摂取充足は、EPA/DHA摂取が少ない集団における一部の健康指標の改善に寄与し得ますが、長鎖n-3の機能を完全に代替するものではない点を周知する必要があります。
安全性に関して、食事からのALA摂取は通常よく耐容されます。過剰摂取はエネルギー過多につながる可能性があるため、総摂取カロリーと脂肪酸バランス(n-6/n-3)を考慮することが重要です。米国NIH ODSや各国の食事摂取基準は、成人男性約1.6 g/日、成人女性約1.1 g/日の目安量を提示しています。
研究面では、ALAの循環バイオマーカーを用いた前向き研究・メンデルランダム化解析・介入試験の統合により、因果推論の精度が上がりつつあります。今後は、個別化栄養の文脈で遺伝情報と食事パターンを統合し、より精密な解釈と介入設計が期待されます。
参考文献

