血中甲状腺刺激ホルモン濃度
目次
概要
血中甲状腺刺激ホルモン(TSH)は下垂体前葉から分泌され、甲状腺を刺激してサイロキシン(T4)とトリヨードサイロニン(T3)の合成・分泌を促します。血中TSHは甲状腺ホルモンの陰性フィードバックを強く受け、わずかなT4/FT4変化にも敏感に反応して上下します。臨床ではTSHが最も感度の高い一次スクリーニング指標と位置づけられています。
TSH分泌には日内変動と脈動性があり、夜間に高く夕方に低い傾向を示します。加齢、ヨウ素摂取、体重、妊娠、重症疾患、服用薬剤などの生理・環境要因で基準値内の幅が生じます。そのためTSH解釈では採血時刻や併用薬、妊娠の有無など臨床状況の把握が重要です。
TSH自体は生理活性を持ち、甲状腺濾胞細胞でTSH受容体を介してcAMP経路を活性化し、ヨウ素取り込みやサイログロブリン合成を高めます。長期的なTSH高値は甲状腺腫の増大に関与しうる一方、低TSHは甲状腺機能亢進症や下垂体性疾患を示唆します。
一般検査ではTSHと遊離T4(FT4)を組み合わせて評価します。TSH高値+FT4低値は明らかな甲状腺機能低下症、TSH低値+FT4/FT3高値は機能亢進症を示します。TSH単独異常(FT4正常)は潜在性異常の可能性があり、再検や抗体検査、経過観察が選択されます。
参考文献
測定の意義と解釈
TSHは甲状腺機能異常の初期変化を捉えやすく、症状が非特異的な場合でも異常検出に有用です。倦怠感、体重変化、月経異常、動悸、便通異常などの訴えの背景に甲状腺疾患が潜むことがあり、TSH測定は過不足のスクリーニングとして推奨されます。
解釈ではフィードバックの原理を理解することが鍵です。甲状腺ホルモンが不足すると下垂体はTSHを増やし、過剰ならTSHを抑えます。したがってTSHは「逆相」の指標で、軽微なホルモン変動を数十倍のTSH変化として拡大して示します。
ただし例外もあります。下垂体・視床下部の障害(中枢性甲状腺機能低下症)ではFT4が低いのにTSHが不適切に正常〜低値のことがあります。また重症疾患や特定薬剤(グルココルチコイド、ドパミンなど)でTSHが抑制され、非甲状腺疾患性異常として解釈に注意が必要です。
バイオチンなど免疫測定法への干渉で「偽のTSH低値」が出ることも知られています。サプリメントの内服状況を聴取し、高用量バイオチンは48時間以上中止してから採血するなど、前処置の配慮が精度確保に役立ちます。
参考文献
正常範囲と生理的変動
成人の一般的な基準範囲は約0.4〜4.0 mIU/Lですが、測定系や検査室、地域集団の差でわずかに異なります。基準値は「健康な地域母集団から統計的に定めた区間」であり、個人最適域(セットポイント)とは必ずしも一致しません。
妊娠ではhCGの影響でTSHが一時的に低下しやすく、妊娠期特異的な基準範囲が推奨されます。施設固有の基準が無い場合は、非妊娠時の上限からの補正や、トリメスター別の目安を用います。臨床判断ではFT4や抗TPO抗体も併せて評価します。
高齢者ではTSHの生理的上昇がみられ、年齢階層別の分布を踏まえた解釈が重要です。疫学研究は、加齢とともに上限がやや高くなることを示していますが、症状や合併症リスクと合わせて総合的に判断します。
TSHは日内変動があるため、同一条件(午前中空腹時など)での再検が望まれます。急性疾患直後や入院中は非甲状腺疾患の影響を受けやすく、安定期での再評価が推奨されます。
参考文献
- NICE Guideline NG145: Thyroid disease: assessment and management
- Surks MI et al. Age-Specific Distribution of Serum TSH... JCEM 2007
測定法と干渉要因
現在主流のTSH測定は二部位サンドイッチ免疫測定法(第三世代)で、キャプチャ抗体と標識抗体でTSHを挟み込み、化学発光などのシグナルで定量します。機能感度は0.01 mIU/L程度に達し、低TSHの識別能が高いのが特徴です。
免疫測定は高感度ですが、ヘテロフィル抗体やヒト抗マウス抗体(HAMA)、高用量バイオチンなどにより偽高値・偽低値が起こり得ます。結果が臨床像と合わないときは、希釈直線性の確認、別法・別機種での再測定、バイオチン中止などで検証します。
バイオチンはストレプトアビジン–ビオチン系を用いる多くの免疫検査で干渉を起こします。TSHでは通常偽低値の方向に働くため、甲状腺機能亢進症と誤解される危険があります。高用量サプリの流通増加に伴い、各規制当局も注意喚起を行っています。
測定の前提として、採血条件(時間帯、空腹の有無)、検体取り扱い(溶血・凍結融解)、併用薬やサプリの聴取など前分析要因の管理が不可欠です。これらを適切にコントロールすることで再現性と解釈の妥当性が高まります。
参考文献
遺伝と環境の影響
TSHの個人差には遺伝的要因と環境要因がともに寄与します。双生児研究ではTSHの遺伝率が概ね40〜65%と推定され、残りが生活習慣・栄養・感染・自己免疫などの共有・非共有環境で説明されると報告されています。
ゲノムワイド関連解析(GWAS)はTSHの変動に関連する多数の遺伝子座(例:TSHR、PDE8B、FOXE1など)を同定し、ポリジェニックな制御を支持します。SNPベースの遺伝率は双生児推定より低く、部分的に遺伝構造が解明されてきています。
環境面ではヨウ素摂取が中心的で、不足はTSH上昇と甲状腺腫、過剰は自己免疫性甲状腺炎の誘発などにつながり得ます。喫煙、体重、薬剤(アミオダロンなど)もTSHと甲状腺機能に影響します。
したがってTSHの値は固定的な「体質」だけでなく、居住地域のヨウ素事情、食習慣、併用薬、年齢などに左右されます。臨床では遺伝背景を意識しつつも、可変な環境因子を是正することが現実的な介入点になります。
参考文献

