血中対称性ジメチルアルギニン濃度
目次
概要と定義
対称性ジメチルアルギニン(symmetric dimethylarginine, SDMA)は、タンパク質中のアルギニン残基がメチル化され、その後のタンパク質分解で遊離して血中に現れる内因性代謝産物です。SDMA自体は一酸化窒素(NO)合成酵素を直接阻害しない一方、アルギニンの細胞内取り込みを担うカチオン性アミノ酸トランスポーターと競合し、NO合成の基質利用可能性に間接的な影響を与える可能性が指摘されています。
SDMAの最大の臨床的特徴は、腎臓から主として排泄され、腎機能(糸球体濾過量: GFR)の低下とともに血中濃度が上昇することです。クレアチニンと比較して筋肉量の影響を受けにくいとされ、軽度の腎機能低下でも上昇しやすい指標として注目されています。
血中SDMA濃度は一般にはμmol/L(マイクロモル毎リットル)で報告され、健常成人ではおおむね0.4~0.8 μmol/L程度に分布するとの報告が多いですが、測定法や母集団により幅があります。従って、評価の際には使用した測定系の基準範囲と品質管理状況を確認することが重要です。
SDMAは腎臓疾患だけでなく、心血管リスク、炎症、甲状腺機能異常、加齢など多因子の影響を受けうるため、臨床解釈では併存疾患と検査前条件(採血条件、薬剤、脱水の有無など)を合わせて考える必要があります。
参考文献
- Symmetric dimethylarginine - Wikipedia
- An atlas of genetic influences on human blood metabolites (Shin et al., Nat Genet 2014)
生合成・代謝・排泄
SDMAはタンパク質アルギニンメチル基転移酵素(PRMT)のうち、タイプII PRMTによって対称的に二重メチル化されたアルギニン残基が、タンパク質のターンオーバーに伴って遊離されて生じます。遊離後は血漿中を循環し、主として腎臓で糸球体濾過により排泄されます。
ADMA(非対称性ジメチルアルギニン)とは異なり、SDMAはDDAH(ジメチルアルギニンジメチルアミノヒドロラーゼ)による加水分解をほとんど受けません。代謝的にはAGXT2(アラニン-グリオキシル酸アミノトランスフェラーゼ2)がSDMAやADMAの分解・変換に関与し、血中濃度の個人差に寄与すると考えられています。
腎機能が低下すると、SDMAのクリアランスが低下し、血中濃度が上昇します。この性質は腎機能マーカーとしての有用性の根拠であり、特に筋肉量や食事の影響を受けやすいクレアチニンに比べ、SDMAは体格差の影響が相対的に小さい点が利点とされています。
一方で、炎症や酸化ストレス、甲状腺機能異常などがメチル化酵素活性やタンパク質分解に影響しうるため、腎機能以外の因子もSDMAの生成・消失バランスに寄与することが示唆されています。従って、SDMAは「腎機能に敏感なマーカー」であると同時に、生体内の代謝・炎症状態の一部も反映しうる複合的なバイオマーカーです。
参考文献
- An atlas of genetic influences on human blood metabolites (Shin et al., Nat Genet 2014)
- PubChem Compound Summary: Symmetric dimethylarginine
測定法と分析上の注意
SDMAの定量には、液体クロマトグラフィー-タンデム質量分析法(LC-MS/MS)がゴールドスタンダードとして広く用いられています。安定同位体で標識した内部標準物質を用いることで、前処理やマトリックスの影響を補正し、正確性と再現性を高めます。
他の方法としては、逆相またはイオン交換HPLCによる蛍光/UV検出、あるいはELISAなどの免疫測定法が利用されます。免疫法は簡便でスループットが高い一方、交差反応性やロット間差の影響を受けやすく、定量の線形性・トレーサビリティの点でLC-MS/MSに劣る場合があります。
前分析的要因として、採血管の種類(EDTA血漿か血清か)、遠心・凍結までの時間、凍結融解回数、溶血の有無などが結果に影響します。施設ごとの標準作業手順(SOP)と外部精度管理プログラムへの参加が、データの信頼性確保に重要です。
医療現場での解釈には、測定法特異的な基準範囲(リファレンスレンジ)と、同一個人内変動(生物学的変動)を把握することが必要です。可能であれば同一法・同一施設での経時的フォローを行い、臨床状況(脱水、急性疾患、薬剤変更など)を併記して評価することが推奨されます。
参考文献
- CDC: Best Practices for Mass Spectrometry in the Clinical Laboratory
- Symmetric dimethylarginine - Wikipedia(測定法の概説への参考)
臨床的意義と解釈
SDMAは腎機能マーカーとして、特に早期の糸球体濾過量低下を検出する感度が高いことが報告されています。クレアチニンに依存した推算GFR(eGFR)が正常域でも、SDMAが上昇している場合には、サルコペニアや低筋肉量に伴うクレアチニン低値に隠れた腎機能低下を示唆しうると考えられています。
慢性腎臓病(CKD)患者では、SDMA高値が心血管イベントや全死亡リスクと関連するという疫学的所見が蓄積しています。これは、SDMAが単なる腎機能の代理指標にとどまらず、尿毒素の一つとして血管機能や炎症を介したリスクと関わる可能性を示します。
一方で、個々の患者の診療では、単回のSDMA高値のみで疾患を確定することはできません。採血時の脱水や急性疾患、薬剤の影響など可逆的要因を除外し、繰り返し測定や他の検査(クレアチニン、シスタチンC、尿検査、画像診断など)と統合して評価する必要があります。
SDMAの臨床的カットオフは測定法と集団により異なりますが、上昇が持続する場合は腎機能評価、心血管リスクの層別化、生活習慣・薬剤調整など包括的なマネジメントに結びつけることが実用的です。
参考文献
遺伝学と環境要因
SDMA濃度の個人差には遺伝的要因と環境的要因がいずれも関与します。大規模メタボロミクスGWASでは、AGXT2遺伝子座の多型が血中SDMAや関連代謝物の濃度差と強く関連することが繰り返し示されています。AGXT2はメチルアルギニン類の代謝に関与する酵素であり、遺伝的多様性が個体差の一因です。
双生児・家系研究やGWASによる推定から、SDMAの遺伝率(遺伝的要因が濃度変動を説明する割合)はおおむね30~40%程度と報告されています。ただし、集団構成、年齢、測定法により推定値には幅があります。
環境要因としては、腎機能(eGFR)の違い、食事パターン(蛋白摂取量)、炎症・感染、喫煙、甲状腺機能、身体活動、薬剤(利尿薬、RAAS阻害薬など)の影響が挙げられます。これらはSDMAの生成・分布・排泄に作用し、同一遺伝背景でも濃度を変動させうる要因です。
従って、個人のSDMA値を理解するためには、遺伝背景と同時に、腎機能と生活習慣・併存疾患といった環境要因の評価を統合することが重要です。臨床では、時間経過に沿ったトレンドと、介入(減塩、血圧・血糖管理、脱水是正など)に対する反応を観察することが有用です。
参考文献

