血中前立腺特異抗原(PSA)濃度
目次
定義と基礎
前立腺特異抗原(PSA)は、ヒト前立腺上皮細胞が産生するカリクレイン関連セリンプロテアーゼ(遺伝子名KLK3)で、精液中では主として精液を液化させる作用を担います。血中では極めて低濃度で存在し、臨床では血清または血漿中のPSA濃度をng/mL単位で測定します。PSAは臓器特異的である一方、癌特異的ではなく、前立腺肥大、炎症、手技的刺激などでも上昇しうることが重要な前提です。
臨床検査では総PSA(tPSA)と遊離PSA(fPSA)が区別され、tPSAは血中の遊離型とタンパク結合型の合計を示します。fPSA比(f/t比)は、tPSAが中間域(例:4–10 ng/mL)のときに良性疾患と癌の鑑別に補助的に用いられます。PSA値は年齢や前立腺体積と相関し、加齢により基準範囲の上限が高くなる傾向があるため、年齢別の解釈が行われることもあります。
PSAは前立腺癌のスクリーニング、診断補助、治療効果判定、再発監視に広く利用されています。しかしスクリーニングに関しては過剰診断と過剰治療の問題があり、利益と害のバランスを考慮した共有意思決定が推奨されます。治療後のモニタリングでは、根治的前立腺全摘後のPSAの鋭敏な再上昇(生化学的再発)検出に特に有用です。
PSA測定は免疫測定法(サンドイッチ法)に基づき、モノクローナル抗体を用いた化学発光免疫測定法などが主流です。測定系の標準化にはWHO国際標準品(例:96/668、96/670)が用いられますが、測定系間差は完全には解消しておらず、同一施設・同一法での経時的フォローが望まれます。
参考文献
- NCI: Prostate-Specific Antigen (PSA) Test
- MedlinePlus: Prostate-Specific Antigen (PSA) Test
- NCBI Gene: KLK3 (kallikrein related peptidase 3)
測定と解釈の実際
PSAの解釈では、単一閾値よりもリスク層別化の文脈が重要です。従来は4.0 ng/mL未満を多くの施設で「基準内」とみなしてきましたが、年齢や前立腺体積、症状、既往、薬剤(5α還元酵素阻害薬など)の影響を加味する必要があります。PSA速度(年間の変化量)、PSA密度(前立腺体積で除した値)、f/t比、派生マーカー(p2PSAを含むPHI、4Kscore)も補助的に用いられます。
tPSA 4–10 ng/mLの「グレーゾーン」では、f/t比が低いほど癌の可能性が高い傾向があります。PSA速度の急峻な上昇は注意を要しますが、炎症や手技で一過性に上がることもあるため再検が基本です。画像診断(多パラメトリックMRI)による精査や、リスクに応じた系統的・標的生検の適応判断が行われます。
スクリーニングに関して、USPSTFは55–69歳男性でのPSA検査は利益と害を理解した上での個別の意思決定を推奨し、70歳以上では日常的スクリーニングは推奨しません。家族歴や人種等のリスク要因に応じて議論の開始年齢や頻度の調整が検討されます。
検体前の条件も重要です。射精は24–48時間PSAを軽度上昇させることがあり、前立腺炎や尿路感染、膀胱留置カテーテル、長距離サイクリングなども上昇要因です。測定前の情報提供と、異常高値時の適切な再検間隔設定が推奨されます。
参考文献
- American Cancer Society: Prostate Cancer Screening Tests
- USPSTF Recommendation: Prostate Cancer Screening
- Cleveland Clinic: PSA Test
遺伝学と生物学的役割
PSAはKLK3遺伝子産物で、前立腺外分泌腺で合成され、精液中でセメノゲリンなどの基質を切断し精液を液化します。これにより精子運動性が高まり、受精能を助けると考えられています。血中では主にα1-アンチキモトリプシンなどと複合体を形成し、一部が遊離型として存在します。
ゲノム関連研究ではKLK3座位を含む複数の遺伝的バリアントがPSA濃度に影響することが示されています。これらは癌とは独立にPSAを上げ下げするため、PSAによるスクリーニングでの偽陽性・偽陰性に寄与しうる点が重要です。将来的には遺伝的補正を行ったPSAの臨床応用が検討されています。
双生児研究などから、PSA濃度の個人差には遺伝要因が相当程度寄与することが示唆されていますが、推定される遺伝率は研究や集団により幅があります。実臨床では、遺伝要因に加えて年齢、前立腺体積、炎症、薬剤、生活習慣などの環境要因が重層的に作用します。
5α還元酵素阻害薬(フィナステリド、デュタステリド)は前立腺体積を縮小しPSAを平均で約50%低下させます。服用時は基準値を補正して解釈すること、PSAの急激な上昇は薬効下でも臨床的意義がありうることに留意します。
参考文献
免疫測定と標準化
PSA測定は二抗体サンドイッチ免疫測定に基づき、捕捉抗体と検出抗体がPSAに結合し、発光や発色シグナルで定量します。化学発光(CLIA)、電気化学発光(ECL)、酵素免疫測定(ELISA)などが用いられ、低濃度域での感度と広いダイナミックレンジが求められます。
測定の精度保証には内部精度管理と外部精度管理が必要で、トレーサビリティのある標準物質で校正します。WHO国際標準品として、総PSAや遊離PSAに対する標準(例:NIBSC 96/668、96/670)が流通し、測定系間の整合性向上に資します。
にもかかわらず、エピトープの違いや抗体の特異性、複合体型PSAの取り扱いなどにより、法間差は残ります。したがって、継時的なモニタリングでは同一法・同一機器での測定が推奨され、異なる施設の結果を直接比較する場合には注意が必要です。
前分析要因(採血前の射精、前立腺マッサージ、感染、長距離サイクリング)、分析要因(ヘテロフィル抗体による干渉など)、後分析要因(解釈の文脈)を総合的に管理することが、誤判定の回避と適切な臨床意思決定に直結します。
参考文献
臨床応用・意思決定とフォロー
PSAを用いた前立腺癌スクリーニングは、死亡率低下の可能性と、過剰診断・過剰治療による有害事象のバランスが論点です。USPSTFは55–69歳での個別意思決定を推奨し、70歳以上の定期的スクリーニングを推奨しません。家族歴やアフリカ系の人々ではリスクが高く、より早期からの議論が望まれます。
異常値が出た場合には、再検で可逆的要因を除外し、リスク評価に応じてMRI、標的生検、派生マーカー(PHIや4Kscore)などで精査します。単回高値のみで即時生検に進まず、臨床背景を踏まえた段階的アプローチが推奨されます。
治療後のモニタリングでは、手術後はPSAが測定限界近くまで低下するのが通常で、その後の上昇は再発の指標となります。放射線治療後は「ナディア」からの上昇(Phoenix基準など)で再発を判断します。定義や閾値は治療法により異なります。
患者中心の共有意思決定では、個人の価値観、余命、併存症、検査の頻度と負担、治療の選択肢と副作用を丁寧に議論することが重要です。一次情報と高品質な患者向け資料を用いて、誤解を避けつつ納得のいく選択を支援します。
参考文献

