血中リノール酸濃度
目次
定義と基礎概念
リノール酸(linoleic acid, 18
n−6)はヒトが体内で合成できない必須脂肪酸で、主に植物油やナッツ、種子に豊富です。血中ではトリグリセリド、コレステリルエステル、リン脂質、遊離脂肪酸など複数の脂質画分に分配され、赤血球膜や血漿の脂肪酸組成として評価されます。血中リノール酸濃度(あるいは比率)は、短期から中長期の食事摂取状況や代謝の影響を受けます。血漿の脂肪酸組成は数日〜数週間の摂取を、赤血球膜の組成は約120日寿命の平均を反映するとされ、評価対象や目的に応じて測定部位が選ばれます。
リノール酸は体内でアラキドン酸などの長鎖n−6多価不飽和脂肪酸の前駆体となり、細胞膜の流動性やシグナル伝達、皮膚バリア機能などに関与します。必須脂肪酸の欠乏は皮膚疾患や成長障害などを引き起こすことが知られています。
臨床や疫学では、血中リノール酸の比率が代謝疾患や心血管イベントのリスクと関連することが報告され、バイオマーカーとしての有用性が検討されています。ただし、画分や測定法、集団により値や解釈が異なるため、文脈に即した評価が重要です。
参考文献
- NIH ODS: Omega-6 Fatty Acids Fact Sheet
- FAO/WHO expert consultation: Fats and fatty acids in human nutrition (2010)
変動要因(食事・遺伝・疾患)
血中リノール酸は何より食事摂取の影響を強く受け、植物油や加工食品の使用量、調理法、総脂質摂取量の変化が短期間で比率を動かします。断食や食後採血など前処理条件も変動の要因となるため、検査では前提条件の統一が求められます。
遺伝的には、FADS1/2遺伝子群の多型がn−6/n−3系の脱飽和・伸長に関与し、個体差の一部を規定します。これにより同じ摂取量でもリン脂質中のリノール酸割合やアラキドン酸への変換効率に違いが生じます。
疾患や代謝状態も濃度に影響します。インスリン抵抗性やNAFLDではde novo脂肪酸合成が亢進し、相対的にリノール酸比率が低下することがあります。脂質低下薬や抗炎症薬、ホルモン状態も組成に影響し得ます。
年齢、喫煙、アルコール摂取、体格、身体活動、炎症状態などの生活習慣・環境要因も重要です。解釈に際しては、これらの交絡因子を考慮し、可能であれば複数時点の測定で安定性を確認します。
参考文献
- Hodson L, Skeaff CM, Fielding BA. Blood and adipose fatty acids as biomarkers of intake. Prog Lipid Res (2008)
- Tanaka T et al. Genome-wide association study of plasma PUFA levels. Nat Genet (2009)
測定法と理論
臨床検査では、血漿または赤血球膜脂肪酸をメタノリシスで脂肪酸メチルエステル(FAME)に誘導体化し、ガスクロマトグラフィー(GC-FIDまたはGC-MS)で分離・定量する方法が標準的です。内部標準を用いて回収率と定量性を担保します。
結果の表現は、総脂肪酸に対する各脂肪酸の重量百分率(mol%/wt%)が一般的で、絶対濃度(μmol/L, μg/mL)を併記する場合もあります。画分(リン脂質、コレステリルエステル、トリグリセリド)により比率が異なるため、どの画分を測ったかが解釈に不可欠です。
前分析的要因として、絶食の有無、採血から凍結までの時間、保存温度と期間、酸化防止剤の使用が測定値に影響します。特に多価不飽和脂肪酸は酸化を受けやすいため適切な取り扱いが重要です。
赤血球膜脂肪酸は過去数か月の平均的摂取を、血漿脂肪酸は直近の食事の影響を反映しやすいという時間窓の違いがあり、目的に応じてマトリクスを選択します。
参考文献
- Metcalfe LD et al. Rapid preparation of fatty acid methyl esters. Anal Chem (1966)
- Quest Diagnostics: Fatty Acid Profile, Essential (RBC)
臨床・疫学的意義
疫学研究では、循環中のリノール酸比率が高い人ほど、2型糖尿病の発症リスクが低いという逆相関が複数のコホートの統合解析で示されています。因果性は断定できないものの、食事パターンの指標としての有用性が支持されます。
心血管疾患に関しても、飽和脂肪酸をリノール酸に置き換えることの有益性を支持する生体指標・介入・観察研究が蓄積しています。主要学会は、適切な範囲でのn−6多価不飽和脂肪酸の摂取を推奨しています。
一方で、個々の患者では、低値が必須脂肪酸欠乏や脂質吸収障害、極端な脂質制限を示唆することがあり、臨床症状や他の栄養指標と合わせた評価が必要です。
高値はしばしば植物油の多用や加工食品摂取の多さを反映しますが、単独で炎症や疾患リスクの上昇を意味するものではありません。ω−3脂肪酸の摂取や全体の食事質と併せてバランスを評価します。
参考文献
- Wu JHY et al. Circulating linoleic acid and risk of type 2 diabetes. Lancet Diabetes Endocrinol (2017)
- AHA Scientific Advisory: Omega-6 fatty acids and CVD risk (2009)
解釈上の注意と限界
値の解釈は、測定マトリクス(血漿・赤血球・脂質画分)と表記単位(%か絶対濃度)に依存します。施設ごとの基準範囲も異なるため、報告書に記載の参照区間を必ず確認します。
横断的な単回測定だけでは摂取や代謝の長期的な傾向を十分に捉えられないことがあります。必要に応じて再検や別マトリクスの併用で頑健性を高めます。
食事・遺伝・生活習慣・薬物療法・疾患など多因子が同時に影響するため、単一の数値で健康リスクを断定せず、全身状態や他のバイオマーカーと総合的に判断します。
多価不飽和脂肪酸は酸化・分解の影響を受けやすいため、前分析的変動を最小化する標準化手順に従うことが、再現性の高い評価に不可欠です。
参考文献

