血中エイコサジエン酸濃度
目次
定義と概要
エイコサジエン酸は炭素数20、二重結合2個を持つ多価不飽和脂肪酸で、一般にはn-6系列の20
(n-6)を指します。血中ではリン脂質や中性脂質、遊離脂肪酸として微量に存在し、総脂肪酸に占める割合はごく小さいのが特徴です。臨床検査で単独に評価されることは少なく、多くは脂肪酸プロファイルの一部として報告されます。生合成は主に必須脂肪酸であるリノール酸(18
n-6)からの伸長反応によって起こり、ELOVL5などの脂肪酸伸長酵素が関与します。リノール酸がΔ6不飽和化される経路とは並行して進み、20 n-6は20 n-6(ジホモ-γ-リノレン酸)やアラキドン酸の主要前駆体ではなく、代謝回路上の副産物的に生成されることが多いと考えられています。血中エイコサジエン酸は、絶対量(μg/mLなど)か相対量(総脂肪酸に占める%)で報告されます。前者は内部標準による定量、後者はガスクロマトグラフィーで分離したピーク面積比の正規化で算出されます。検体は血清・血漿や赤血球膜が用いられ、半減期や変動要因が異なるため、検体種に応じた解釈が必要です。
疫学や栄養研究では、エイコサジエン酸は脂肪酸代謝(特に伸長酵素活性)の指標候補として扱われることがあります。ただし、健康・疾患との関連エビデンスはEPAやDHA、アラキドン酸ほど蓄積しておらず、単独の臨床指標として確立していないのが現状です。
参考文献
- Genome-wide association study of plasma phospholipid n-3 and n-6 polyunsaturated fatty acids in the CHARGE Consortium
- NIST SRM 2378: Fatty Acids in Human Serum (Certificate of Analysis)
測定法と結果の解釈
測定にはガスクロマトグラフィー(GC-FID)が広く用いられ、脂肪酸メチルエステル(FAME)に誘導体化して、炭素数や不飽和度の違いで分離・検出します。内部標準としてC17
、検量線により絶対定量が可能です。相対定量では全ピークに対する面積比から%を算出します。近年は液体クロマトグラフィー–質量分析(LC–MS/MS)による脂質種別定量(リピドミクス)も普及し、リン脂質クラスに結合するエイコサジエン酸を分子種レベルで捉えることができます。目的に応じてGCとLC–MSを使い分け、前処理(加水分解や誘導体化)の違いを理解することが重要です。
前分析要因として、空腹・非空腹、採血から抽出までの時間、凍結融解回数、溶血の有無などが影響します。赤血球膜は数週間の食事を反映し、血漿はより短期の変動を反映する傾向があるため、解釈時の時間軸の違いに注意が必要です。
結果の解釈では、同時に測定されるリノール酸、ジホモ-γ-リノレン酸、アラキドン酸、メード酸(20
n-9)などとの相関や比(例:20/18)を併せて考えます。単独の高低だけで病態を推定するのではなく、プロファイル全体と臨床所見を総合することが推奨されます。参考文献
- Lepage G, Roy CC. Direct transesterification of all classes of lipids in a one-step reaction
- Harris WS, et al. The Omega-3 Index: a new risk factor for death from coronary heart disease?
遺伝と環境の影響
エイコサジエン酸を含むn-6系脂肪酸の血中濃度には、脂肪酸不飽和化酵素(FADS1/2)や脂肪酸伸長酵素(ELOVL群)の遺伝的多型が影響します。特にFADS遺伝子座は、血漿リン脂質や赤血球の多価不飽和脂肪酸組成に強い関連が再現されています。
双生児研究やゲノムワイド関連解析から、長鎖PUFA関連表現型の遺伝率は概ね30〜60%程度と報告され、残りは食事や生活習慣、代謝状態などの環境要因に起因します。エイコサジエン酸固有の遺伝率推定は限られますが、近縁の指標と同程度とみなすのが妥当と考えられます。
食事の影響では、リノール酸摂取量が前駆体負荷として最も重要で、加工油脂やナッツ・種実類の摂取が反映されます。n-3系脂肪酸の多量摂取は代謝経路上の競合を介してn-6系列の相対的割合を低下させる場合があります。
民族差や集団差も無視できず、FADS遺伝子のアレルル頻度や食習慣の違いが、基準範囲や分布に影響します。したがって、解釈には人種・地域に即した参照データの参照が望まれます。
参考文献
- Tanaka T, et al. CHARGE Consortium GWAS of plasma phospholipid PUFA
- Schaeffer L, et al. Common FADS1 polymorphisms modulate PUFA levels in phospholipids
臨床的意義と限界
エイコサジエン酸は生体膜の構成成分として物理化学的性質に寄与しますが、エイコサノイドの主要前駆体ではありません。そのため、アラキドン酸やEPA/DHAに比べ、明確な生理活性や疾患関連の因果データは限られています。
観察研究では、脂肪酸プロファイルの一部として代謝疾患や心血管リスクと相関する報告もありますが、交絡の影響や因果の向きは不明確です。単独の異常値をもって診断や治療方針を決めるべきではなく、総合的評価が必要です。
必須脂肪酸欠乏のスクリーニングでは、メード酸(20
n-9)の上昇とトリエン/テトラエン比が指標として用いられます。エイコサジエン酸はこの評価の主要マーカーではない点に注意が必要です。実務上は、食事改善や全体的な脂肪酸バランスの最適化(n-6とn-3の適切な比、飽和脂肪酸の抑制など)が優先され、エイコサジエン酸単独のターゲット介入は現状確立していません。
参考文献
- de Oliveira Otto MC, et al. Circulating FAs and incidence of diabetes
- NIH ODS Fact Sheet: Omega-3 Fatty Acids
分析上の注意と報告
検体種(血清・血漿・赤血球膜)によって基準範囲や再現性が異なります。赤血球膜は長期の摂取反映に優れますが、血清・血漿は短期変動に敏感です。同一個人内の追跡では検体種を統一し、採血条件を標準化することが望まれます。
参照材料としてNIST SRM 2378などがあり、分析法のトレーサビリティや外部精度管理に役立ちます。ラボ間差を小さくするには、標準化された前処理と内部標準の使用、適切なキャリブレーションが必須です。
結果報告では、絶対量(μg/mL)と相対量(%)の違い、脂質クラス別の測定か全脂質測定かを明記することが解釈の誤りを減らします。また、同時測定指標との比率も臨床解釈に有用です。
学術報告では、測定不確かさや検出限界、ピーク同定(異性体の分離状況)を提示することが推奨されます。特に20
、分離・同定能の明示が重要です。参考文献

