虹彩炎
目次
概要
虹彩炎(こうさいえん、iritis/前部ぶどう膜炎の一型)は、虹彩とその近傍の毛様体に起こる炎症で、目の痛み、まぶしさ(羞明)、充血、視力低下を来す疾患群の総称です。しばしば急性に発症し、適切に治療しないと後部癒着や白内障、緑内障などの合併症につながる可能性があります。原因は自己免疫性、感染性、外傷性、術後性など多岐にわたり、非感染性免疫介在性の割合が高いことが知られています。人口ベースの研究では、ぶどう膜炎全体の中で前部型が最も多く、医療資源やQOLへの影響も大きいとされています。
疫学的には、ぶどう膜炎の年間発症率は10万人あたり十数~数十例と報告され、そのうち前部ぶどう膜炎が過半を占めます。地域差や人種差があり、欧米ではHLA-B27関連急性前部ぶどう膜炎(AAU)が多く、東アジアではサイトメガロウイルス(CMV)前部ぶどう膜炎やサルコイドーシス、ベーチェット病に伴う前房炎が相対的に目立ちます。発症年齢は働き盛りに多く、社会的・経済的負担が無視できません。早期診断と再発予防が重要です。
臨床像は、毛様体充血、前房内細胞・フレア、角膜後面沈着物、小瞳孔と虹彩括約筋けいれんに伴う疼痛などが特徴です。片眼発症が多いものの再発時に対側眼が侵されることもあります。眼圧異常を伴うタイプ(CMVやヘルペスなど)では緑内障の危険が高まり、注意深い管理が必要です。感染性が疑われる状況では、ステロイド単独投与が悪化を招くため原因精査が不可欠です。
診療は眼科の細隙灯顕微鏡検査が基本で、既往歴・全身症状・薬剤歴の聴取、必要に応じ血清学検査や胸部画像、前房水PCRなどを組み合わせます。初期治療は局所ステロイド点眼と散瞳・調節麻痺薬が中心ですが、重症例や反復例では局所/全身ステロイドや免疫抑制薬、生物学的製剤を用います。感染性が判明した場合は抗微生物薬を主体にし、免疫抑制は慎重に調整します。
参考文献
症状と合併症
典型的症状は、突然の眼痛、羞明、流涙、充血、視力のかすみです。近見時の痛み増悪は毛様体けいれんによるもので、暗所での軽減がみられることがあります。虹彩の炎症で瞳孔が小さく不整になり、光反射で痛みが誘発されるのが特徴です。隠れた後部病変を伴う混合性ぶどう膜炎では飛蚊症や視野異常が前景に出ることもあります。
眼科的所見では、前房細胞(炎症細胞)とフレア(蛋白)が観察され、角膜内皮上に沈着物(KP)が付着します。虹彩後面と水晶体前面の癒着(後方虹彩癒着)は散瞳で予防が可能ですが、放置すると虹彩・水晶体接着輪が形成され、二次性緑内障や瞳孔ブロックの原因になります。
反復性または治療抵抗性の虹彩炎は、白内障、嚢胞様黄斑浮腫(CME)、持続性眼圧上昇などの合併症を引き起こし得ます。ヘルペス属ウイルスやCMVによる前部ぶどう膜炎は、眼圧スパイクと三叉神経領域の皮疹・角膜知覚低下などの随伴所見が手がかりとなり、適切な抗ウイルス治療で予後が改善します。
症状の非特異性から結膜炎や角膜炎と自己判断されがちですが、虹彩炎は失明原因の一つであり、症状が出たら速やかに眼科で細隙灯検査を受けることが重要です。とくに初発や強い疼痛、視力低下、虹彩形状の変化、眼圧上昇感(頭痛・吐き気)を伴う場合は同日受診が推奨されます。
参考文献
発生機序
非感染性虹彩炎の中心は、血房水柵の破綻と自己免疫反応です。角膜輪部・毛様体周囲の微小血管から炎症細胞とサイトカインが前房に流入し、蛋白濃度が上昇してフレアを生みます。T細胞(Th1/Th17)とマクロファージが主要なエフェクターで、TNF-α、IL-6、IL-17などが炎症カスケードを駆動します。
HLA-B27関連急性前部ぶどう膜炎では、腸管などの微生物叢との分子相同性や抗原提示の偏りが提唱されています。ERAP1やIL23Rなどの多型は、ペプチドトリミングやTh17軸の活性を変化させ、炎症感受性を高めると考えられています。これらは脊椎関節炎との共通基盤を示し、全身炎症の制御が眼の再発にも影響します。
感染性では、病原体の直接侵入あるいは免疫複合体による二次炎症が機序です。ヘルペスウイルスは神経潜伏からの再活性化で虹彩毛様体に炎症を起こし、CMVは線維柱帯障害を介して高眼圧性前部ぶどう膜炎を呈することがあります。結核や梅毒など全身感染の眼内波及も鑑別が必要です。
手術や外傷後は、機械的障害と炎症メディエーターの放出が引き金になり、一過性の炎症から慢性化まで幅があります。薬剤誘発(チェックポイント阻害薬、ビスホスホネート等)も知られており、機序理解は原因除去と的確な免疫制御の選択に直結します。
参考文献
- Ocular Immunology and Inflammation: Epidemiology of Uveitis (Tsirouki 2018)
- AAO Preferred Practice Pattern: Uveitis (Anterior)
リスク(遺伝・環境)
遺伝的にはHLA-B27が急性前部ぶどう膜炎の代表的リスクで、欧米では前部ぶどう膜炎の40~70%がHLA-B27陽性とされます。一方、日本を含む東アジアではHLA-B27頻度が低く、その寄与割合も小さめです。ERAP1、IL23Rなどの多型が併存することでリスクが増大し、脊椎関節炎の合併や再発性に影響します。
環境・誘因として、上気道・腸管感染後の反応性関節炎、尿路・腸管の細菌感染、ヘルペス属やCMVの再活性化、外傷・眼内手術、喫煙などが挙げられます。喫煙は発症リスクと治療抵抗性の上昇に関連する報告があり、禁煙が推奨されます。
日本・アジアでは、免疫正常者におけるCMV前部ぶどう膜炎(反復性高眼圧を伴いやすい)が比較的目立つ点が特徴です。ベーチェット病、サルコイドーシス、VKH病などに伴う前房炎も鑑別上重要で、地域の疾病構造を踏まえた評価が求められます。
家族歴のある患者や脊椎関節炎症状(腰背部痛、ぶどう膜炎既往、関節痛、腸炎など)を有する患者では、再発予防のため全身疾患のスクリーニングとリウマチ膠原病科との連携が有用です。
参考文献
- EyeWiki: HLA-B27 Associated Acute Anterior Uveitis
- Ophthalmology: Association Between Cigarette Smoking and Uveitis
診断と治療
診断は細隙灯での前房細胞・フレア評価、眼圧測定、角膜・虹彩・水晶体の詳細観察が基本です。再発例や非典型例では、HLA-B27、梅毒血清、結核スクリーニング、血清ACE/可溶性IL-2R、胸部画像、必要に応じ前房水PCR(ヘルペス属、CMV)を行います。感染性が疑われる所見(角膜病変、皮疹、眼圧スパイク等)では採血・PCRを優先します。
治療の第一選択は局所ステロイド点眼(例:プレドニゾロン酢酸エステル1%)と散瞳・調節麻痺薬(アトロピン、シクロペントラート)で、疼痛軽減と後方癒着予防を図ります。中等~重症や反応不良では、強力なステロイドや局所注射、全身ステロイドを用い、慢性再発例にはメトトレキサート、アザチオプリン、ミコフェノール酸などの免疫調整薬を考慮します。
非感染性で重症・難治のぶどう膜炎には、生物学的製剤(抗TNF:アダリムマブ、インフリキシマブ等、抗IL-6等)が有効で、アダリムマブは無菌性中間部/後部/全層型で有効性が示され再発抑制に寄与します。HLA-B27関連で脊椎関節炎合併例では、全身治療が眼の再発も減らす可能性があります。
感染性では原因に応じ抗ウイルス薬(アシクロビル/バラシクロビル、ガンシクロビル等)、抗菌薬、抗結核薬を主体にし、ステロイドは病原体制御と併用で慎重に漸減します。治療中は眼圧・水晶体・黄斑の合併症監視と、再発トリガー(感染、喫煙、アドヒアランス低下)への介入が重要です。
参考文献

