苦味の感じやすさ
目次
概要
苦味の感じやすさ(bitter taste sensitivity)は、特定の苦味化合物に対してどの程度強く苦味を感じるかという生理的特性です。疾患ではなく、個人差が大きい感覚の形質(トレイト)で、食品の好みや栄養摂取、嗜好品の選択に影響を与えます。
代表的な評価対象として、フェニルチオカルバミド(PTC)や6-n-プロピルチオウラシル(PROP)、キニーネ、カフェイン、スクロースオクタアセテート(SOA)などがあります。これらは複数の苦味受容体(TAS2Rファミリー)を介して感知されます。
個人差の要因は、遺伝的要因(TAS2R38などの遺伝子多型)と環境的要因(喫煙、年齢、薬剤、栄養状態、経験学習など)の両方です。一般にPTC/PROPの感じやすさは遺伝要因の寄与が大きい一方、他の苦味化合物では遺伝と環境がより拮抗します。
苦味の感じやすさは、公衆衛生や栄養の文脈でも重要で、野菜(特にアブラナ科)や医薬品の飲みやすさ、アルコール・コーヒーなどの嗜好に関連することが示されています。臨床的には、味覚障害(亜鉛欠乏、薬剤性など)との鑑別が必要です。
参考文献
遺伝的要因と環境的要因
PTC/PROPの感じやすさは、TAS2R38遺伝子の代表的なハプロタイプ(PAV, AVI など)によって大きく規定されます。PAV/PAVでは強く、AVI/AVIでは弱く感じやすい傾向があり、ヘテロ接合では中間を示します。
双生児・家系研究では、苦味の遺伝率は化合物によって異なり、PTC/PROPでは中等度~高い(概ね40~70%、研究により80%近い報告も)とされます。キニーネやカフェインなど他の苦味は遺伝と環境の寄与がより拮抗する傾向があります。
環境要因としては、喫煙、加齢、上気道・口腔の健康状態、亜鉛欠乏、薬剤(化学療法薬、抗菌薬、ACE阻害薬など)、食経験・学習が知られています。喫煙や加齢は閾値上昇(感じにくさ)をもたらすことが多いとされます。
遺伝と環境の相互作用も重要です。例えばTAS2R多型による基礎感受性の違いが、経験学習や食習慣、妊娠などの生理的状態によって修飾され、実際の嗜好や摂取行動に反映されます。
参考文献
- Kim et al., 2003 Nature Genetics: Positional cloning of the human quantitative trait locus underlying taste sensitivity to PTC
- Smell and Taste Disorders - NCBI Bookshelf
生理学的機序
苦味は、舌乳頭の味蕾に存在するGタンパク質共役型受容体(GPCR)であるTAS2Rファミリーによって感知されます。受容体が苦味物質を認識すると、gustducin、PLCβ2、IP3、TRPM5などのシグナル伝達経路が活性化され、神経インパルスが延髄・視床を経て大脳皮質へ伝達されます。
ヒトには約25種類のTAS2Rが知られ、それぞれが重なり合う受容域を持ち、複数の苦味物質を認識します。1つの苦味物質が複数受容体に結合することも一般的で、個体の遺伝的組成により知覚強度が変化します。
TAS2R受容体は口腔外にも発現し、気道や消化管で化学防御に関与する可能性が示されていますが、本稿の焦点は口腔の味覚知覚に限定します。
味の相互作用(例えば塩味や甘味による苦味の抑制)も感じ方に影響します。調理における塩・脂・うま味の付与が苦味のマスキングに寄与するのはこのためです。
参考文献
- Physiology, Taste - StatPearls (NCBI Bookshelf)
- Meyerhof et al., 2010 PNAS: The molecular receptive ranges of human TAS2Rs
集団差と疫学的側面
TAS2R38の多型頻度は集団により異なり、PTC/PROPの非感受者(いわゆるnon-taster)の割合は欧米集団で比較的高く、東アジアではやや低いとする報告が多いものの、地域差が大きいことに注意が必要です。
非疾患形質のため「罹患率」という表現は適切ではありませんが、表現型の頻度として、PAV(感受)とAVI(低感受)のハプロタイプ分布がしばしば報告されます。
日本人におけるデータも研究により差があり、学齢期や成人を対象にしたPTC試験や遺伝子頻度の報告があります。いずれも環境要因(喫煙、年齢、食習慣)を考慮する必要があります。
これらの集団差は、食文化の違いや嗜好品の選択にも影響を及ぼしうるため、栄養指導や製品開発で留意すべきです。
参考文献
- Wooding et al., 2004 Am J Hum Genet: Natural selection and PTC tasting ability
- MedlinePlus Genetics: TAS2R38 gene
評価・検査・実践
簡便な評価にはPTC/PROPの試験紙を用いた味覚検査があり、標準化された味覚ストリップ(甘・酸・塩・苦・うま味)で定量評価する方法も臨床で用いられます。遺伝子検査(TAS2R38多型)によりPROP/PTCの感受性を推定することも可能です。
日常生活では、苦味に敏感な人は、加熱、下茹で、塩・うま味・脂・甘味の活用、調味の段階的調整、食材の選択(苦味の少ない品種)などで実質的な摂取量を確保できます。
医薬品による苦味や味覚変化が顕著な場合は、処方変更や剤形工夫(コーティング、服用方法の工夫)を医療者に相談します。味覚障害が疑われる場合は基礎疾患や栄養欠乏の評価が重要です。
研究や公衆衛生では、感覚評価と質問票、必要に応じて遺伝子型情報を統合し、食行動や健康アウトカムとの関連を検討します。
参考文献

