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腹痛

目次

定義と分類

腹痛は、みぞおちから下腹部に至る腹腔内外の臓器や腹壁に由来する痛みの総称で、急性と慢性、局在とびまん性、内臓痛・体性痛・関連痛などに分類されます。症状は軽度の不快感から救急搬送を要する激痛まで幅があり、原因も消化器、泌尿器、婦人科、血管、代謝、機能性など多岐にわたります。

急性腹痛は通常数時間から数日で発症し、虫垂炎、胆嚢炎、腸閉塞、消化性潰瘍穿孔、腎結石、婦人科救急などの重篤疾患を含みます。慢性腹痛は少なくとも3カ月以上持続または反復し、過敏性腸症候群(IBS)や機能性ディスペプシア、慢性膵炎、炎症性腸疾患などが鑑別にあがります。

内臓痛は鈍い、絞扼感、差し込むような痛みで自律神経症状を伴いやすく、びまん性で位置が曖昧です。体性痛は腹膜の刺激が主体で鋭い局在痛となり、反跳痛や筋性防御を伴います。関連痛は同一脊髄レベルで収束する神経の影響で、病変部位と離れた皮膚領域に痛みを感じます。

臨床では痛みの時間経過、部位・放散、随伴症状(発熱、嘔吐、下痢、便秘、黄疸、血尿、膣出血)、既往歴や薬剤歴を統合し重症度を評価します。特に高齢者、妊娠中、免疫抑制下では症状が非典型で進行が速いことがあり、注意が必要です。

参考文献

症状とレッドフラッグ

腹痛に伴うレッドフラッグ(危険徴候)として、ショック兆候(冷汗、頻脈、低血圧)、持続する激痛、腹膜刺激症状、持続嘔吐、吐血・下血、著明な発熱・悪寒、黄疸、体重減少、妊娠の可能性、免疫抑制や高齢などが挙げられます。これらがある場合は速やかに救急受診が勧められます。

上腹部痛と背部への放散は膵炎や大動脈解離、胸部症状を伴えば心筋虚血も鑑別に入ります。右上腹部痛と発熱・黄疸は胆道感染の可能性、右下腹部痛と発熱は虫垂炎、左下腹部痛と発熱は憩室炎、疝痛様の側腹部痛は尿路結石を示唆します。

女性では妊娠関連(子宮外妊娠、流産、卵巣茎捻転、骨盤内炎症性疾患)を常に考慮し、月経歴や避妊状況の確認が重要です。小児では整腸不良や腸重積、便秘が多く、高齢者では腸閉塞、虚血性腸炎、胆石関連疾患の割合が増えます。

慢性的・反復的な腹痛では、便通異常や腹部膨満を伴うIBS、食後の上腹部不快を主体とする機能性ディスペプシア、胆石や慢性膵炎、胆膵機能障害などを念頭に、赤旗(発熱、貧血、便潜血、夜間症状、体重減少)があれば精査を優先します。

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病態生理(発生機序)

内臓痛は消化管・胆道・膵・泌尿器などの壁に存在する機械的・化学的受容体が伸展、虚血、炎症、痙攣、化学刺激によって活性化され、求心性迷走神経・脊髄内臓求心路を通じて中枢に伝達されます。これに自律神経反応(悪心、発汗、血圧変動)が伴います。

炎症や粘膜バリアの破綻は侵害受容器の感作を引き起こし、同じ刺激でも過剰な痛み(痛覚過敏)を生じます。機能性消化管障害では末梢の感作に加えて脊髄・脳の下行性疼痛抑制系の低下や情動ストレスによる痛み調節の変化が関与すると考えられています。

関連痛は内臓求心性線維と体性求心性線維が脊髄後角で収束・発散することで説明され、例えば胆嚢疾患で右肩や背部に痛みが出る現象が知られています。腹膜炎では体性神経が刺激され、鋭い局在痛と筋性防御が出現します。

腸内細菌叢の乱れ(ディスバイオーシス)は短鎖脂肪酸や胆汁酸代謝、粘膜免疫、腸管神経系を介して感作や運動異常に寄与し、腹痛増悪の一因となりえます。感染後IBSなど、腸炎を契機に痛みが慢性化することもあります。

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診断と検査

診断は病歴と身体所見が基本で、発症時期、誘因、部位・移動、性状、増悪・寛解因子、随伴症状、既往・内服薬を聴取します。バイタル、視診・聴診・打診・触診で腹膜刺激や腸雑音、膨満、ヘルニアの有無を確認します。

赤旗があれば救急で血算、生化学、炎症反応、肝胆膵酵素、尿検査、妊娠反応などを実施し、適応に応じて超音波、X線、CT、場合によりMRIや内視鏡を行います。胆道・婦人科疾患には超音波が第一選択となることが多く、腸閉塞や穿孔が疑われればCTが有用です。

慢性・機能性が疑われる場合は、必要最小限の検査(便潜血、炎症マーカー、セリアック病スクリーニングなど)を行い、過剰検査を避けながら赤旗を除外します。年齢や家族歴に応じて大腸がん検診などの適切なスクリーニングも重要です。

疼痛評価には数値評価スケールや日誌を活用し、食事との関連、便通パターン、ストレス要因を記録します。薬剤性(NSAIDs、抗菌薬、メトホルミン、GLP-1作動薬など)も鑑別に含め、内服調整を検討します。

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治療と予防

治療は原因に応じて大きく異なります。外科的疾患(虫垂炎、胆嚢炎、腸閉塞、穿孔など)は外科介入が必要で、感染性腸炎や尿路感染では適切な抗菌薬を検討します。潰瘍関連の痛みにはPPIやH. pylori除菌が有効です。

機能性腹痛(IBSや機能性ディスペプシア)では食事療法(低FODMAP、脂質制限、食物繊維の適正化)、腸管運動調整薬、鎮痙薬、ペパーミントオイル、心理社会的介入(認知行動療法、腸脳相関に焦点を当てた介入)が推奨されます。オピオイドは慢性腹痛には避けるべきです。

予防としては手洗い・食品衛生で感染性腸炎を減らし、NSAIDsやアルコールの過量を避け、ピロリ感染があれば適切に除菌します。便秘や胆石のリスク低減には適度な運動、バランスの良い食生活、体重管理が有効です。

緊急受診の目安や自己管理計画(食事日誌、症状トリガーの把握)を共有し、再発時の対応を決めておくことが望まれます。医療費の面では日本の公的医療保険や高額療養費制度が利用でき、費用負担の軽減が可能です。

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