腎障害分子1(KIM-1)血清濃度
目次
- 腎障害分子1(KIM-1)血清濃度の概要
- 遺伝的要因と環境的要因の比率(%)
- KIM-1血清濃度を調べる意味
- KIM-1血清濃度の数値の解釈
- KIM-1血清濃度の正常値の範囲
- KIM-1血清濃度が異常値の場合の対処
- KIM-1血清濃度を定量する方法とその理論
- KIM-1血清濃度のヒトにおける生物学的な役割
- KIM-1血清濃度に関するその他の知識
腎障害分子1(KIM-1)血清濃度の概要
KIM-1(Kidney Injury Molecule-1、遺伝子名HAVCR1/TIM-1)は、腎臓の近位尿細管上皮に傷害が生じたときに強く発現するI型膜タンパク質です。傷害後に細胞表面から切断されると、可溶性のKIM-1が体液中に放出され、尿だけでなく血中(血清や血漿)でも検出可能になります。
尿中KIM-1はAKIやCKDの早期検出マーカーとして広く研究され、薬剤性腎障害の安全性評価でも規制当局により認証されています。一方、血清(血漿)KIM-1は全身循環から得られるため採血で繰り返し追跡しやすく、腎の尿細管傷害の全身的な反映として用いられます。
血清KIM-1は腎機能や尿細管傷害の程度と関連し、CKD進展や死亡・心血管イベントなどのアウトカムとの関連も報告されています。ただし、測定法の違い(ELISA、電気化学発光、プロキシミティ拡張アッセイなど)により値のスケールや単位が異なるため、解釈にはプラットフォーム依存性を考慮する必要があります。
KIM-1は腎以外の組織での発現は通常低いとされますが、炎症や特定の病態で変化する可能性があり、また可溶型は腎からのクリアランスにも影響されます。そのため、血清濃度は「産生(腎傷害の強さ)」と「除去(腎機能)」の両方の影響を受けます。
参考文献
- Kidney injury molecule-1 (KIM-1): a novel biomarker for kidney injury
- FDA CDER Biomarker Qualification: Kidney Safety Biomarkers (including KIM-1)
- NCBI Gene: HAVCR1 (KIM-1/TIM-1)
遺伝的要因と環境的要因の比率(%)
KIM-1は誘導性の傷害応答分子であり、腎の虚血・毒性・炎症刺激などの環境的要因で急激に増加します。従って、個人差の主要因は「環境・病態(腎傷害の有無・強さ)」と考えられ、遺伝的背景の影響は他の恒常的タンパク質に比べ相対的に小さいと推定されます。
ヒト血漿プロテオームのゲノム関連(pQTL)研究では、多くの血中タンパク質に遺伝的変動が関与することが示されていますが、KIM-1に関する厳密な遺伝寄与率(h2)や分散説明率の推定は限られています。既存の大規模研究は一般論として、血中タンパク質濃度の遺伝的寄与が10〜30%程度に分布することを示してきました。
しかしKIM-1に特有の事情として、腎尿細管の障害が発現と放出を強く駆動するため、測定時点の環境・病態の影響が圧倒的です。実務上は「環境・病態要因が主要(例:70〜90%)で、遺伝的要因は副次的」という解釈が妥当ですが、これは現時点のエビデンスを踏まえた暫定的な見解であり、厳密な百分率は今後の研究を待ちます。
したがって、遺伝的素因がゼロではない可能性を踏まえつつも、臨床では腎障害リスク(加齢、糖尿病、高血圧、薬剤、造影剤、脱水など)や腎機能(eGFR)を中心に、KIM-1の値を「環境・病態に応じた動的な指標」として解釈するのが現実的です。
参考文献
- Genomic atlas of the human plasma proteome (pQTL study)
- Kidney injury molecule-1: a novel biomarker for kidney injury
KIM-1血清濃度を調べる意味
KIM-1は主として近位尿細管の傷害を反映するため、従来のクレアチニンや尿量の変化より早期に腎傷害の兆候をとらえる可能性があります。入院患者や術後、造影剤使用、腎毒性薬剤の投与時など、AKIリスクが高い場面でのモニタリングに意義があります。
CKDでは尿細管の持続的なダメージが病態進行に関与するため、血清KIM-1は「尿細管の活動性病変」を示す補助指標として、将来のeGFR低下、末期腎不全、死亡のリスク層別化に役立つ可能性が示されています。
薬剤安全性では、KIM-1は前臨床ラットでの腎毒性の感度・特異度の高さからFDA/EMAにより安全性バイオマーカーとして資格化されています。臨床でも候補バイオマーカーとして位置づけられ、試験や一部の研究診療で活用されています。
さらに、血清KIM-1は腎癌(特に腎細胞癌)の長期リスクとも関連が報告され、腎由来の組織学的変化が血中に反映される可能性を示します。ただし、腫瘍スクリーニングとしての単独使用は現時点で推奨されません。
参考文献
- FDA CDER Biomarker Qualification: Kidney Safety Biomarkers
- Markers of kidney tubular injury and risk of ESRD and death (ARIC/JASN)
- Plasma KIM-1 as a biomarker for early detection of renal cell carcinoma
KIM-1血清濃度の数値の解釈
KIM-1は基本的に健康な腎では低値で、傷害時に上昇します。絶対値の「カットオフ」は測定法や集団背景で変わるため、単独値ではなく、同一アッセイでの経時変化や、同年代・同疾患背景の分布(四分位など)に位置づけて解釈します。
血清KIM-1はeGFRの低下と相関することが多く、同じ傷害の強さでも腎機能が低いほど血中に蓄積しやすい点に留意します。炎症や心血管リスク因子(糖尿病、高血圧、肥満)とも関連し得るため、共変量調整後の解釈が重要です。
AKI疑いの場面では、上昇が早期の尿細管障害を示唆しても、それが可逆的か持続的かは臨床経過で判断します。尿検査(蛋白・アルブミン、沈渣)、血清クレアチニン、シスタチンC、尿量、バイタル、画像などと統合して診断します。
CKDのフォローでは、高めのKIM-1は進行リスクの高さを示唆する可能性があり、降圧・RAS阻害薬・SGLT2阻害薬の最適化、腎毒性薬の回避、生活習慣介入などの強度を上げる参考になります。ただし意思決定は総合評価に基づきます。
参考文献
- Markers of kidney tubular injury and ESRD risk (ARIC/JASN)
- Kidney injury molecule-1: a novel biomarker for kidney injury
KIM-1血清濃度の正常値の範囲
KIM-1の血清(血漿)濃度には国際的に標準化された「基準範囲」は現時点で確立していません。理由は、測定プラットフォームの違い(ELISA、電気化学発光、PEAなど)、校正物質のばらつき、単位(pg/mL、ng/mL、相対単位)の差が大きいためです。
研究報告では、健常対照群で「低い値」に分布し、AKIやCKD、糖尿病合併例などで上昇する傾向が一貫しています。例えば、ELISA系を用いた前向きコホートでは健常対照が概ね数十〜数百pg/mLの範囲にあり、疾患群で有意に高い値が報告されています。
腫瘍疫学研究でも、将来腎細胞癌を発症した群でベースラインの血漿KIM-1が高かったことが示されましたが、対照群は低〜中等度の分布でした。これらは「参考レンジ」であり、一般診療での正常範囲としては流用できません。
したがって、検査室が提示するアッセイ固有の参考基準、機器・ロット、前処理条件、対象集団を確認し、同一法での経時追跡に重きを置くことが重要です。具体的な数値比較は同一施設・同一法で行うのが安全です。
参考文献
- Plasma KIM-1 and renal cell carcinoma risk (EBioMedicine)
- R&D Systems Human TIM-1/KIM-1/HAVCR1 Quantikine ELISA
KIM-1血清濃度が異常値の場合の対処
単回の高値だけで急いで結論を出さず、臨床状況(脱水、発熱、薬剤、造影検査、外科手術後など)を確認し、必要に応じて短期間で再検することが大切です。同時に血清クレアチニン、尿量、尿検査、電解質、画像などを組み合わせてAKIやCKDの有無を評価します。
AKIが疑われる場合はKDIGO推奨に準じ、腎毒性薬の中止・減量、循環血液量の最適化、感染・閉塞・腎前性/腎実質性/腎後性の鑑別、腎代替療法の適応評価を行います。造影剤やNSAIDs、アミノグリコシド、シスプラチン等の曝露歴を丁寧に確認します。
CKDが背景にある場合、KIM-1高値は尿細管障害の活動性の示唆と解釈し、血圧・血糖管理、ACE阻害薬/ARB、SGLT2阻害薬やMRAの適正化、蛋白摂取の調整、減塩、体重管理、禁煙など包括的管理を強化します。
腎臓内科への紹介は、eGFR<60 mL/min/1.73m2が3か月以上持続、重度のアルブミン尿、急速な腎機能低下、電解質異常、全身疾患の疑いなどが目安です。KIM-1は意思決定の補助であり、単独での診断・治療開始は避けましょう。
参考文献
- KDIGO 2012 Clinical Practice Guideline for Acute Kidney Injury
- StatPearls: Acute Kidney Injury (overview)
KIM-1血清濃度を定量する方法とその理論
最も一般的なのはサンドイッチELISAで、固相化した捕捉抗体がKIM-1を捕まえ、別の検出抗体で特異的に認識し、酵素反応の発色・発光で定量する方法です。校正曲線から濃度を算出し、結果はpg/mLやng/mLで報告されます。
電気化学発光(MSDプラットフォーム)や化学発光免疫測定は、広いダイナミックレンジと高感度を提供します。多項目同時測定が可能なPEA(Olink)やビーズベースアッセイ(Luminex)では相対単位やNPXで表現されることもあります。
KIM-1は膜タンパク質の細胞外ドメインがADAM/TACEなどのメタロプロテアーゼにより切断され可溶化します。免疫測定はこの可溶型エクトドメインを認識します。前処理(遠心、凍結融解回数)、溶血・リピミア、保存条件が測定値に影響するため標準化が重要です。
抗体のエピトープ差、キット間の校正物質の違い、マトリックス効果による回収率の差が、試験間の不一致の主因です。臨床応用の拡大には、参照測定法・標準物質の整備と可換性の確認が不可欠です。
参考文献
- R&D Systems Human TIM-1/KIM-1/HAVCR1 ELISA (method overview)
- Kidney injury molecule-1 biomarker review (assay considerations)
KIM-1血清濃度のヒトにおける生物学的な役割
KIM-1は腎近位尿細管で傷害時に誘導され、細胞外に露出したホスファチジルセリンを認識するスカベンジャー受容体として作用します。これにより傷害後のアポトーシス細胞や残渣の貪食(エフェロサイトーシス)を促し、炎症の解決と組織修復に寄与します。
一方で、慢性の持続的発現は、脂質取り込みや炎症性シグナルを介して線維化を促進し、CKD進展に関与する可能性が示されています。可溶型KIM-1は病変活動性の間接指標として血中や尿中に現れます。
KIM-1のエクトドメイン切断はメタロプロテアーゼ依存的で、これが体液中の濃度を規定します。腎機能が低いとクリアランス低下も加わるため、同じ産生量でも血中濃度は高くなり得ます。
腎以外にも免疫系や上気道でのTIMファミリー分子としての役割が研究されていますが、腎臨床でのKIM-1の中心的意義は尿細管傷害応答分子・バイオマーカーとしての機能です。
参考文献
- Review: KIM-1 as a receptor mediating phagocytosis and kidney repair
- NCBI Gene: HAVCR1 (biology and expression)
KIM-1血清濃度に関するその他の知識
臨床では尿中KIM-1の方が研究蓄積が多く、迅速な尿細管傷害の検出に適しますが、採尿が難しい状況や縦断的モニタリングでは血清KIM-1が有用です。両者は相関するものの、必ずしも置換可能ではありません。
規制科学の面では、KIM-1は前臨床腎毒性の安全性バイオマーカーとしてFDA/EMAで資格化されています。一方、ヒト診療の「診断基準」や「治療開始基準」としてはまだ標準化されておらず、補助的指標としての位置づけです。
COVID-19などの全身性感染や集中治療領域でも、尿細管傷害の検出マーカーとしてKIM-1が検討されました。背景炎症や重症度が血中濃度に影響し得るため、臨床コンテキストの把握が重要です。
将来的には、アッセイ間の可換性確立、参照間隔の策定、AIによる多マーカー統合などが進めば、KIM-1血清濃度は腎疾患の予防・個別化医療により広く活用されると期待されます。
参考文献

