Forest background
バイオインフォの森へようこそ

脈波ノッチの位置

目次

基本概念と定義

脈波ノッチ(切痕, dicrotic notch)は、大動脈弁が閉じる瞬間と、末梢からの反射波の影響が合わさって圧波形・光電脈波(PPG)に現れる小さな切れ込みを指します。ノッチの「位置」は通常、心周期内での相対時間(拍動開始からノッチまでの時間/拍動長×100%)や、ノッチまでの絶対時間(反射時間Tr)として表されます。

この位置は、動脈の弾性(硬さ)と反射部位までの距離・反射の強さ、さらに心拍数や血圧、身長などに依存します。若年で動脈が柔らかいほど反射波の帰還が遅く、ノッチは心周期後半に位置しやすく、高齢や動脈硬化では早くなります。

臨床では、中心圧波形の増加指数(augmentation index: AIx)や、PPGの反射指数(RI)、スティフネス指数(SI)、ノッチ位置指数(DNPI)など、ノッチや反射に基づく派生指標が用いられます。これらは動脈硬化リスクや血管機能の推定に役立ちます。

ノッチの明瞭さや位置は測定条件(体位、呼吸、温度、薬剤)やアルゴリズムにも影響されるため、標準化と複数拍の平均化が重要です。単独値ではなく年齢や身長、心拍数などの背景で解釈する必要があります。

参考文献

生理学的背景とメカニズム

心臓からの駆出により生成した進行波は、動脈樹の分岐や抵抗の変化部位で反射し、心臓方向へ戻ります。若年の弾性血管では反射が遅れて拡張期に重なり、ノッチは遅く深く現れます。硬い動脈では反射が早期に戻り、収縮期後半に肩状の増高や浅いノッチを生じます。

ノッチは大動脈弁閉鎖(切痕=インシズラ)に由来する形態学的特徴と、反射波の干渉の両者で決まります。中心圧での現象が末梢で増幅され、PPGでも対応する特徴が観察されますが、局所の血管緊張や測定部位の影響を受けます。

身長が高いほど反射部位までの距離が長く反射時間は延長します。心拍数が低いほど同じ絶対時間でも心周期に対する相対位置は早く見えるため、AIxの心拍数補正(例HR75補正)が慣用されます。

性別や血圧、交感神経緊張、体温、呼吸相などもノッチ位置に影響します。したがって生理的変動の範囲を理解し、単回測定での過剰解釈を避けることが肝要です。

参考文献

測定法と代表指標

圧トノメトリーで橈骨動脈波形を取得し、転送関数で中心圧波形を再構築してAIxや反射時間Trを求める方法が広く用いられます。AIx=(増加圧/脈圧)×100%で、反射波の早期帰還による増高を定量化します。

PPGでは、収縮期峰と拡張期近傍のノッチ(または第2峰)を用いて、反射指数RI=(拡張期峰/収縮期峰)×100%、スティフネス指数SI=身長/(収縮期峰と反射峰の時間差)などを算出します。ノッチ位置はDNPI=(ノッチ時間/拍動長)×100%で表現できます。

信号処理では、ベースラインドリフトや動きアーチファクト除去、適切なサンプリング周波数、微分波(SDPPG)解析などが重要です。SDPPGの指標(b/a, d/aなど)は加齢関連変化と関連します。

機器やアルゴリズム間の差を減らすため、測定手順の標準化(安静、一定温度、一定体位、数十拍の平均)が推奨されます。

参考文献

臨床的意義と解釈

ノッチ位置の早期化(相対位置の低下、Tr短縮、AIx上昇)は、動脈硬化や高血圧、糖尿病、腎疾患、加齢などに伴う血管スティフネスの増大や末梢反射の強さを示唆します。逆に遅延は若年・高身長・血管拡張状態に一致します。

AIxは年齢・身長・心拍数に強く依存するため、同年齢・同条件での比較が基本です。若年健常者ではAIxが低値(しばしば0%前後)、高齢では上昇(30%以上)しやすいと報告されています。

ノッチの消失や極端な早期化は、強い血管収縮、重症の動脈硬化、または高度の低末梢抵抗(敗血症や重症発熱時)など特殊な病態でも見られうるため、臨床状況と併せた評価が必要です。

予後研究では、反射関連指標(AIxやPWV)が心血管イベントと関連することが示されており、ノッチ位置も血管老化の一断面としてリスク層別に寄与しうると考えられます。

参考文献

遺伝・環境要因と修飾可能因子

ノッチ位置そのものの遺伝率を直接推定した研究は限られますが、関連する動脈硬化指標(AIxや脈波伝播速度PWV)では家族・双生児研究から中等度の遺伝的寄与が示唆されています。一方で年齢、血圧、身長、生活習慣など環境要因の影響も大きいです。

生活習慣(運動、禁煙、減塩、体重管理)は血圧低下と血管機能の改善を通じて反射の早期化を抑え、ノッチを遅らせる方向に働きます。薬理学的にはACE阻害薬、ARB、Ca拮抗薬、硝酸薬、血管拡張性β遮断薬などが反射や中心圧を低下させます。

測定時の体位、呼吸、末梢温、カフェインや交感神経刺激薬の摂取、寒冷曝露などの急性因子はノッチ位置を一過性に動かすため、評価では制御・記録が必要です。

したがってノッチ位置は、遺伝と環境が相互作用する「可塑的な指標」であり、改善可能なリスク因子を介して修飾できる余地が大きいと考えられます。

参考文献