胃潰瘍
目次
概要
胃潰瘍は、胃の内側を覆う粘膜が胃酸やペプシンなどの消化液によって深く傷つき、潰瘍(えぐれ)が形成された状態を指します。しばしば空腹時痛や上腹部の鈍い痛みとして自覚され、時に出血や穿孔など重篤な合併症を来します。近年はヘリコバクター・ピロリ感染の診断・除菌が普及したことで患者数は減少傾向ですが、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)関連の潰瘍は依然として重要です。
胃潰瘍は「消化性潰瘍」の一種で、同じグループには十二指腸潰瘍も含まれます。胃潰瘍はしばしば高齢者やNSAIDs使用者に多く、十二指腸潰瘍は比較的若年者や喫煙者に多い傾向が指摘されています。発症には胃酸分泌の強さだけでなく、粘膜防御機構の破綻が大きく関与します。
診断の基本は上部消化管内視鏡で、潰瘍の部位や深さ、出血の有無、悪性疾患の鑑別のための生検などが行われます。病態の把握とともに原因検索(ピロリ菌検査、薬剤歴の確認)が重要で、治療に直結します。
治療は酸分泌抑制薬(プロトンポンプ阻害薬やカリウムイオン競合型アシッドブロッカー)による粘膜治癒促進、原因薬剤の中止や置換、ピロリ菌除菌療法などを組み合わせます。合併症時は内視鏡的止血や外科的治療を要することがあります。
参考文献
原因と危険因子
最も重要な原因はヘリコバクター・ピロリ(H. pylori)感染とNSAIDsの使用です。ピロリ菌は胃粘膜内に定着し、炎症や粘膜防御低下を通じて潰瘍形成を促進します。NSAIDsはプロスタグランジン産生を抑制し、胃粘膜の血流や粘液・重炭酸分泌を低下させることで粘膜防御を損ない、潰瘍発生リスクを高めます。
その他の危険因子として、低用量アスピリン、抗血小板薬や抗凝固薬との併用、全身性重症疾患やストレス(生理学的ストレス)、高齢、喫煙、過度の飲酒などが挙げられます。ステロイド単独での潰瘍リスクは限定的ですが、NSAIDsとの併用でリスクが増大します。
ピロリ菌感染率は地域や年代で大きく異なり、日本では高齢層ほど感染率が高い一方、若年層では低下しています。これに伴い、ピロリ関連潰瘍は減少傾向ですが、NSAIDs関連潰瘍は高齢化と薬剤使用の増加により重要性が増しています。
遺伝的素因は一部で関与が示唆されていますが、胃潰瘍に限定した明確な関連遺伝子や寄与割合は確立していません。よって、現時点では環境要因(感染・薬剤・生活習慣)が発症リスクに強く影響すると考えられています。
参考文献
症状と合併症
典型的な症状は心窩部(みぞおち)の痛みや灼熱感、空腹時や夜間に増悪する鈍痛、食事で一時的に軽快する痛みなどです。悪心、膨満感、早期飽満感、食欲低下もみられます。ただし無症候のまま進行することもあり、高齢者やNSAIDs使用者では症状が乏しい場合があります。
重大な合併症として消化管出血、穿孔、幽門狭窄があります。出血は吐血や黒色便、貧血で気づかれ、緊急の内視鏡的止血が必要になることがあります。穿孔は突然の激しい腹痛と腹膜刺激症状を呈し、外科的介入を要する救急疾患です。
再発は原因が残存すると起きやすく、ピロリ菌未除菌やNSAIDs継続使用、喫煙などで再発率が高まります。したがって原因の是正と適切な維持療法が重要です。治療後も警戒すべき警告症状(嚥下困難、体重減少、持続する嘔吐、出血徴候など)があれば早期受診が求められます。
胃潰瘍は時に悪性腫瘍と外観が類似するため、特に高齢者や不整な潰瘍底を伴う場合は生検で悪性を否定することが推奨されます。治癒過程でも再評価のための内視鏡フォローが行われる場合があります。
参考文献
- ESGE Guideline on Nonvariceal Upper GI Hemorrhage (2021)
- NIDDK: Peptic Ulcers - Symptoms & Complications
診断と検査
診断のゴールドスタンダードは上部消化管内視鏡で、潰瘍の大きさ・深さ・部位、出血の活動性、周囲粘膜の状態を直接評価できます。同時に生検を行い、悪性疾患との鑑別やピロリ菌の迅速ウレアーゼ試験・組織診断を実施することがあります。
ピロリ菌の非侵襲的検査には尿素呼気試験、便中抗原検査、血清抗体検査があります。除菌判定には呼気試験や便中抗原が推奨され、抗体検査は既往感染との区別が難しいため適応を選びます。
NSAIDs関連が疑われる場合は薬剤歴の詳細聴取が不可欠で、低用量アスピリンや抗血小板薬、抗凝固薬の併用状況も確認します。また、貧血の評価や便潜血、合併症が疑われる場合には造影CTなどの画像検査が補助的に用いられます。
出血合併時には内視鏡的止血(クリップ、凝固、注射療法など)が第一選択であり、リスク層別化(Forrest分類等)に基づいて管理します。内視鏡での止血困難例や穿孔例では、血管内治療や外科的治療を検討します。
参考文献
- Japanese Society of Gastroenterology: Peptic Ulcer Disease Guidelines (2020)
- ACG Clinical Guideline: Upper GI and Ulcer Bleeding (2021)
治療と予防
第一選択は酸分泌抑制薬で、プロトンポンプ阻害薬(PPI)やカリウムイオン競合型アシッドブロッカー(ボノプラザン等)が用いられます。ピロリ陽性例では除菌療法(PPI/ボノプラザン+アモキシシリン+クラリスロマイシン、耐性時はメトロニダゾール等)が推奨され、成功により再発率が大幅に低下します。
NSAIDsやアスピリン継続が必要な場合は、可能ならCOX-2選択的薬への切替やPPI併用、ミソプロストールなどの粘膜保護薬の併用が予防に有用です。高リスク例(高齢、潰瘍既往、抗血栓薬併用等)では予防的PPIが推奨されます。
生活習慣の見直しも重要で、禁煙、節酒、刺激の強い薬剤やサプリの自己判断中止の回避、ストレス対処、規則的な食事が推奨されます。再発予防にはピロリ除菌の確認(判定検査)と必要に応じた維持療法が役立ちます。
出血や穿孔などの合併症時は、内視鏡的止血や救急外科治療を速やかに行い、治療後は原因の是正と再発予防戦略を徹底します。医療保険制度により多くの治療がカバーされ、ガイドラインに沿った標準治療へのアクセスが改善しています。
参考文献

