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肺気腫

目次

定義と概要

肺気腫は、肺を構成する無数の小部屋である肺胞の壁が不可逆的に破壊され、異常に拡大してしまう病態を指します。結果としてガス交換面積が減り、酸素の取り込みと二酸化炭素の排出が低下します。臨床的には慢性閉塞性肺疾患(COPD)の主要な表現型の一つで、慢性気管支炎と重なって存在することも多いのが特徴です。

病理学的定義では、肺胞隔壁の破壊を伴う終末細気管支より末梢の腔の異常拡大とされます。画像診断では、胸部CTで低吸収域(LAA)として描出され、特に上葉優位の分布を示すことがしばしばあります。胸部X線では肺過膨張、横隔膜低位化、胸郭の拡大などが見られることがあります。

疾患負担の観点では、肺気腫を含むCOPDは世界的に罹患率が高く、死亡原因の上位に入ります。喫煙の流行、人口の高齢化、環境曝露の増加が背景にあり、特に中高年で顕在化します。早期介入により進行を緩やかにできる一方、完全に元に戻す治療は現時点でありません。

肺気腫は単独の疾患というより、症候群として捉えるのが実際的です。慢性気管支炎優位の患者でもCTで肺気腫が検出されることがあり、症状や肺機能低下の程度は表現型の重なりによって左右されます。弾性収縮力の低下により気道虚脱が起き、運動時の呼吸困難が典型的に現れます。

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症状と診断

主症状は労作時の息切れで、階段や坂道での呼吸困難が初期から目立ちます。慢性の咳や痰は慢性気管支炎で目立つ一方、肺気腫優位では痰が少ないこともあります。進行例では体重減少、バレル胸、口すぼめ呼吸などが見られ、日常生活動作に支障が出ます。

診断の基本はスパイロメトリーで、気流制限(FEV1/FVC<0.70)が持続することを確認します。肺気腫では拡散能(DLCO)の低下がしばしば見られ、運動負荷で低酸素血症を呈することがあります。血液ガス分析は重症度の評価に有用です。

画像では胸部CTが病変の同定に最も感度が高く、低吸収域の分布と程度から表現型や外科的治療の適応検討に役立ちます。胸部X線はスクリーニングとして用いられますが、軽症例の検出力は限定的です。

若年発症や非喫煙者、家族歴がある場合はα1-アンチトリプシン欠乏症(AATD)の検査を考慮します。AATDは採血でスクリーニング可能で、早期診断は治療選択と家族への遺伝カウンセリングに資します。

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病因・発生機序

中心的機序はプロテアーゼ・抗プロテアーゼ不均衡で、好中球エラスターゼやマトリックスメタロプロテアーゼなどの蛋白分解酵素が過剰になり、α1-アンチトリプシンなどの防御因子が相対的に不足することで弾性線維が破壊されます。

酸化ストレスも重要で、たばこ煙や大気汚染に含まれる酸化物質が気道・肺胞上皮に障害を与えます。これにより抗酸化防御が破綻し、炎症が慢性化し、細胞外マトリックスの恒常性が崩れます。

小気道の炎症とリモデリングは気道抵抗を増加させ、呼気時の気道虚脱を助長します。肺の弾性収縮力が低下するため、空気の閉じ込め(エアトラッピング)と過膨張が起こり、呼吸筋への負荷が増し、運動時の換気効率が低下します。

遺伝素因と環境曝露の相互作用も無視できません。AATDに代表される遺伝異常のほか、複数の多型が喫煙や職業曝露と組み合わさることで発症リスクが高まることが、ゲノム関連研究で示されています。

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危険因子(遺伝・環境)

最も強いリスク因子は喫煙で、累積喫煙量に比例して発症リスクが上昇します。受動喫煙も無視できない影響を与え、禁煙によってリスクは減少しますが、既に生じた肺胞破壊は元に戻りません。

環境因子として、職業性粉じんや化学物質、バイオマス燃料の煙、都市部の大気汚染(PM2.5など)が挙げられます。これらは低中所得国だけでなく先進国でも問題で、屋内外の空気環境改善が重要です。

遺伝因子ではSERPINA1遺伝子変異によるAATDが最も確立した原因で、特にPiZZなど重度欠損型は若年から進行性の肺気腫を来しやすくなります。その他、CHRNA3/5、HHIP、MMP12などの多型が感受性に関与します。

ライフコース要因として、早産や低出生体重、幼少期の呼吸器感染、気道の成長不全などが成人期の肺機能ピークを低くし、喫煙などの曝露で閾値を超えると症状が顕在化しやすくなります。

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治療と予後

最重要の介入は禁煙で、行動療法と薬物(ニコチン代替療法、バレニクリンなど)を組み合わせます。禁煙は炎症を低減し、肺機能低下の速度を緩め、増悪を減らします。

薬物療法の第一選択は長時間作用性気管支拡張薬(LAMA/LABA)で、症状と運動耐容能を改善します。増悪を繰り返す場合や好酸球高値では吸入ステロイド(ICS)の追加を検討します。

非薬物療法として肺リハビリテーション、呼吸トレーニング、適正栄養、インフルエンザと肺炎球菌ワクチンが推奨されます。慢性低酸素血症では在宅酸素療法が生命予後とQOLを改善します。

重症かつ上葉優位の肺気腫では外科的肺容量減少術や気管支鏡下弁留置が選択肢となり、適切な患者選択で運動耐容能と症状改善が得られます。末期例では肺移植が検討されます。

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