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肺扁平上皮癌

目次

用語の定義と概要

肺扁平上皮癌(lung squamous cell carcinoma, LUSC)は、気道の扁平上皮化生・異形成を経て発生する原発性肺癌の一組織型です。肺癌全体の中では腺癌に次いで一般的で、特に喫煙歴のある中高年男性に多い傾向があります。多くは肺門や主気管支などの中枢気道に発生し、咳・血痰・閉塞性肺炎などの症状で見つかることがあります。組織学的には角化や細胞間橋が特徴で、免疫染色ではp40/p63陽性、TTF-1陰性が典型とされます。

疫学的に、喫煙は最も強いリスク因子であり、受動喫煙、職業性曝露(アスベスト、クロム、ニッケル、シリカなど)、ラドン、屋外大気汚染(PM2.5)も寄与します。遺伝素因の影響は腺癌に比べ相対的に小さいとされますが、家族歴があるとリスクは上昇します。世界全体の肺癌罹患は増加傾向にあり、組織型の分布は地域・性別・喫煙流行の時期によって異なります。

臨床的には、早期であれば手術治療が可能ですが、発見時に局所進行・遠隔転移を伴う症例も多く、化学療法、放射線治療、免疫療法の組み合わせが標準です。分子標的薬の適応は腺癌に比べ限定的ですが、免疫チェックポイント阻害薬は重要な位置を占めます。予後は病期や全身状態、合併症(COPDなど)に大きく左右されます。

公衆衛生の観点からは、禁煙推進、受動喫煙防止、職業・環境曝露の管理が予防の要です。高危険群に対する低線量胸部CT(LDCT)検診は死亡率減少効果が示されていますが、わが国での実装は段階的で、現行の対策型検診は胸部X線とハイリスク者の喀痰細胞診を基本とします。

参考文献

症状と臨床像

肺扁平上皮癌は中枢気道発生が多いため、持続する咳、血痰、喘鳴、反復する肺炎など閉塞に伴う症状が出やすいのが特徴です。腫瘍が気道を狭窄すると換気不全による呼吸困難が進行し、無気肺や二次感染を合併することがあります。末梢発生例では無症状で偶発発見されることもあります。

腫瘍が胸壁や縦隔へ進展すると胸痛、嗄声(反回神経麻痺)、上大静脈症候群などが現れます。遠隔転移では脳転移による頭痛・麻痺、骨転移による疼痛、肝転移による肝機能異常など多彩です。全身症状として体重減少、食欲低下、倦怠感がみられ、炎症性サイトカインの影響も示唆されます。

腫瘍随伴症候群として高カルシウム血症(PTHrP産生による)が比較的知られており、口渇、便秘、意識障害などを生じることがあります。倦怠感や脱水が急速に悪化する場合は緊急の対応が必要です。皮膚や骨に関連する肥厚性骨関節症がみられることもまれにあります。

症状は非特異的なことが多いため、喫煙者で原因不明の咳や血痰が続く場合には胸部画像検査や喀痰細胞診、気管支鏡検査の適応を積極的に検討します。早期診断には症状の持続期間や危険因子の評価が重要です。

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発生機序と分子異常

肺扁平上皮癌の発生は、長期の喫煙などによる発癌物質曝露で気道上皮に慢性炎症と遺伝子損傷が蓄積し、扁平上皮化生→異形成→上皮内癌→浸潤癌と進む多段階過程と理解されています。気道の広い範囲に分子異常が生じる「フィールド癌化」も重要な概念です。

ゲノム的にはTP53変異やCDKN2A欠失が高頻度で、3q領域(SOX2、PIK3CA、TP63など)の増幅が特徴的です。これらは細胞増殖・分化・生存シグナルの亢進に関与し、扁平上皮表現型の維持に寄与します。EGFRやALKの典型的なドライバー異常は稀で、腺癌とは分子プロファイルが大きく異なります。

酸化ストレス応答経路のNFE2L2/KEAP1の変異や、PI3K/AKT経路の活性化、NOTCH経路の異常も報告されています。高い喫煙関連変異負荷(TMB)のため新生抗原が多く、免疫チェックポイント阻害薬への感受性に関連する可能性が示唆されていますが、腫瘍微小環境の免疫抑制も関与し、個体差が大きいのが実際です。

エピゲノム変化(DNAメチル化ヒストン修飾)やmiRNAの異常も発生・進展に寄与します。これら分子異常の統合解析は、予後予測や治療標的の探索に資する一方、臨床適用可能な標的はまだ限定的で、現状は免疫療法と細胞障害性抗癌剤が治療の基軸です。

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診断と病期分類

診断は画像と病理の統合で行います。胸部X線で異常が疑われた場合、薄切胸部CTで腫瘍の部位・大きさ・リンパ節を評価します。中枢型が多いため、気管支鏡での直接観察と生検が診断率を高めます。喀痰細胞診も中枢発生腫瘍では有用です。末梢病変ではCTガイド下生検やナビゲーション支援の経気管支生検を用います。

病理学的には扁平上皮癌の特徴(角化、細胞間橋)を確認し、免疫染色でp40/p63陽性、TTF-1陰性で診断を補強します。診断時にはPD-L1発現や全エクソンにわたる遺伝子変異パネルの評価が推奨され、臨床試験適格性の判断にも資します。

病期はTNM分類(UICC第8版)に基づいて決定し、予後と治療選択に直結します。遠隔転移の評価には造影CT、頭部MRI、骨シンチやPET/CTが用いられます。呼吸機能評価や心機能評価も手術適応の判断に不可欠です。

スクリーニングに関しては、喫煙高危険群に対する低線量CT(LDCT)が死亡率低下を示しましたが、偽陽性や過剰診断の問題があり、対象者の定義と質管理が重要です。日本では対策型検診はX線が中心で、LDCTは地域や研究的枠組みでの実施が進んでいます。

参考文献

治療と予後

治療は病期と全身状態で決まります。I期〜II期の切除可能例は肺葉切除と縦隔リンパ節郭清が標準で、病理病期により補助化学療法(プラチナ併用)を考慮します。III期局所進行例では同時化学放射線療法が標準で、奏効・病勢安定後にデュルバルマブ維持療法が推奨されます。

IV期または再発例では全身治療が基本です。PD-L1高発現例ではペムブロリズマブ単剤、標準発現ではプラチナ併用化学療法に免疫チェックポイント阻害薬(ペムブロリズマブ、アテゾリズマブ)を併用するレジメンが標準的です。二次治療以降ではニボルマブなどが選択肢になります。

分子標的薬はEGFR、ALK、ROS1などの典型的異常が稀なため適応は限定的ですが、臨床試験としてFGFR、PI3K、DDR2などの標的を探索する試みが続いています。支持療法(疼痛緩和、栄養、呼吸リハビリ、骨転移対策)も予後とQOLの維持に不可欠です。

予後は病期に強く依存し、早期発見・根治的治療で長期生存が期待できますが、進行例では多学的治療と緩和ケアの適時導入が重要です。喫煙継続は治療効果を低下させ副作用を増やすため、禁煙支援は治療成績の向上にも直結します。

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