肺性心疾患
目次
定義と概念
肺性心疾患(肺性心、cor pulmonale)とは、主として肺や肺血管、胸郭・呼吸筋の病気により肺動脈圧が上昇し、その結果として右心室が肥大・拡大し機能不全に陥る状態を指します。左心系の病気に起因する右心不全は含めない点が重要な定義上の特徴です。
臨床的には「慢性肺性心」と「急性肺性心」に大別されます。慢性型は慢性閉塞性肺疾患(COPD)や間質性肺疾患などに長期的に続発し、徐々に右心負荷が高まります。急性型は大量肺塞栓や重症急性呼吸不全などで急速に右心が破綻します。
肺高血圧症の分類で言えば、肺実質・低酸素や胸郭変形などに伴う群(いわゆるGroup 3)が中心です。ただし、慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)など肺血管の器質的病変による右心負荷も広義の肺性心の原因となり得ます。
日本語では「肺性心」「肺性心疾患」と表記され、右心不全が主病態ですが、基礎にある呼吸器疾患の重症度・経過管理が予後に直結します。定義の理解は診療戦略を選ぶうえでの出発点です。
参考文献
- MSDマニュアル家庭版:肺性心
- StatPearls: Cor Pulmonale (NCBI Bookshelf)
- 2022 ESC/ERS Guidelines for the diagnosis and treatment of pulmonary hypertension
主な原因
慢性の原因として最も一般的なのはCOPDで、低酸素血症と肺血管床の破壊により肺血管抵抗が上がります。ほかに間質性肺疾患、気道疾患、胸郭変形や神経筋疾患、肥満低換気・睡眠時無呼吸症候群などが右心負荷の慢性増大に関与します。
急性の肺性心は、肺塞栓症やARDS、重症喘息発作、気胸などで右室後負荷が急激に増大すると起こります。急性増悪を繰り返す慢性呼吸器疾患でも、エピソードごとに右心負荷が跳ね上がり、累積的に右室機能を損ねます。
職業性粉じん(シリカ、炭粉)や室内外の大気汚染、高地での慢性低酸素暴露は、肺血管の機能・構造変化を促し、肺性心の発症リスクを高めます。喫煙はCOPDや肺血管障害の最大の修飾因子です。
慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)は、治療可能な原因として重要です。適切な抗凝固、外科的血栓内膜摘除術やバルーン肺動脈形成術により右心負荷を軽減できる場合があります。
参考文献
- StatPearls: Cor Pulmonale
- WHO: Ambient air pollution
- WHO: Household air pollution
- 2022 ESC/ERS PHガイドライン(Group 3の管理)
症状・身体所見
初期は労作時の息切れ、易疲労感、動悸など非特異的な症状が目立ち、基礎の呼吸器症状(咳・痰・喘鳴)に隠れて見逃されがちです。進行すると下腿浮腫、体重増加、食欲低下、腹部膨満など右心不全の典型的サインが現れます。
診察では頸静脈の怒張、肝腫大・圧痛、三尖弁逆流性雑音、肺動脈圧上昇に伴うⅡ音の亢進、右室拍動の増強などが観察されます。慢性低酸素によりチアノーゼやばち指を伴うこともあります。
検査では心電図の右軸偏位・右室肥大所見、胸部X線での右心拡大・肺動脈拡大、NT-proBNP/BNPの上昇が示唆的です。ただし確定診断には右心カテーテル検査での肺動脈圧評価が標準です。
重症化すると夜間の起座呼吸、労作時失神、低酸素の悪化をきっかけとした急性右心不全が生じ得ます。これらの徴候は緊急評価・治療のサインであり、速やかな受診が必要です。
参考文献
診断アプローチ
診断は、基礎に呼吸器疾患がある患者で右心不全の兆候を認め、他の原因(左心不全、弁膜症など)を除外しつつ、超音波検査や必要に応じ右心カテーテル検査で肺高血圧を確認する流れが基本です。
心エコーは右室の拡大、壁厚、三尖弁逆流速度から推定肺動脈圧を評価し、右室機能指標(TAPSEなど)を測ります。肺機能検査、動脈血ガス分析、胸部CTは基礎疾患の把握に不可欠です。
左心疾患、肺動脈性肺高血圧(PAH; Group 1)、慢性血栓塞栓性肺高血圧(CTEPH)との鑑別が重要です。とくにCTEPHは治療可能性が高く、V/Qスキャンや造影CTで見逃さないことが鍵となります。
COPDなどで呼吸困難が病勢に比べ不釣り合い、安静低酸素が強い、浮腫が出現した、といった所見は、早期のエコー実施や専門医紹介を検討すべきサインです。
参考文献
治療の原則
治療の第一原則は原疾患の最適化と低酸素の是正です。慢性低酸素血症があるCOPDでは在宅酸素療法(LTOT)が生存率を改善し、肺高血圧の進行を抑えることが知られています。禁煙、薬物療法、呼吸リハが土台です。
体液貯留に対してはループ利尿薬などで慎重に除水し、低血圧や腎機能悪化に注意します。塩分制限、適切な体重管理、ワクチン(インフルエンザ・肺炎球菌)は増悪予防と予後改善に役立ちます。
PAH特異的薬(エンドセリン受容体拮抗薬、PDE5阻害薬等)は、Group 3の肺高血圧には原則適応外で、限定的な状況を除き routine では推奨されません。睡眠時無呼吸にはCPAP、CTEPHには抗凝固と外科/血管内治療を検討します。
難治例では肺移植が選択肢となり得ます。急性右心不全や重症低酸素時は集中治療での循環・呼吸管理(高流量酸素、NPPV/人工呼吸、場合によりECMO)を要することがあります。
参考文献
- 2022 ESC/ERS Guidelines – Treatment of PH due to lung disease (Group 3)
- GOLD(COPDガイドライン):在宅酸素療法の適応
- StatPearls: Cor Pulmonale – Management
予防と生活管理
最大の予防は喫煙の回避・禁煙であり、屋内外の大気汚染や職業性粉じんへの曝露を減らすことも重要です。呼吸器感染の予防接種は増悪を減らし、右心負荷の進展を抑える一助となります。
基礎疾患の早期診断・適切治療、定期的なフォローアップ、運動療法と栄養最適化が推奨されます。睡眠時無呼吸や肥満低換気の評価と治療は見逃されがちですが有効です。
高地や航空機搭乗など低圧・低酸素環境への曝露では、事前の評価と補助酸素の準備が必要です。在宅酸素療法中の旅行計画は主治医と相談し、安全確保の手順を確認します。
自己管理として、体重・浮腫・息切れの変化、夜間症状の有無、パルスオキシメータによる酸素飽和度のモニタリングが有用です。悪化徴候があれば早期に医療機関へ連絡します。
参考文献

