肥満
目次
定義と疫学
肥満は、体脂肪が過剰に蓄積し健康リスクが高まる医学的状態で、一般には体格指数(BMI)を用いて評価されます。WHOは成人の肥満をBMI30kg/m²以上と定義し、過体重は25以上としています。日本を含む多くの国で有病率は増加し、重要な公衆衛生課題です。
肥満は2型糖尿病、心血管疾患、非アルコール性脂肪性肝疾患、睡眠時無呼吸、変形性関節症、特定のがんなど多くの合併症と関連します。体重増加は個人要因だけでなく社会的・環境的要因にも左右され、健康格差の一因となります。
BMIは集団レベルでは有用ですが個人では筋肉量や体脂肪分布を反映しにくい限界があります。腹囲や体脂肪率、内臓脂肪の評価を併用することで、心代謝リスクの把握がより正確になります。臨床では合併症の有無でリスク層別化します。
肥満の背景には摂取エネルギーと消費エネルギーの慢性的な不均衡があり、食環境の変化、身体活動の減少、睡眠不足、ストレス、薬剤、内分泌かく乱物質などが複雑に影響します。個体差の大部分は遺伝と環境の相互作用で説明されます。
参考文献
遺伝と環境の相互作用と遺伝率
双生児・家系研究の集約から、成人BMIの遺伝率は概ね40〜70%と見積もられます。これは個人の体重が遺伝で決まる割合ではなく、集団における体重のばらつきのうち遺伝要因で説明される割合を指す統計概念です。
同じ遺伝的背景を持つ人でも、環境によって体重軌跡は大きく変わります。高カロリーで安価な超加工食品の普及、座位行動の増加、都市設計、経済状況、睡眠・シフトワークなどが肥満のリスクを押し上げます。
遺伝子—環境相互作用の代表例として、FTOの一般的な多型による体重増加効果は、身体活動量が高いほど弱まることが示されました。これは予防・治療介入が遺伝的リスクを相当程度上書きできることを意味します。
多因子性肥満では小さな効果を持つ多数のSNPが累積してリスクを形成します。ポリジェニック・リスクスコアは将来の層別化に有望ですが、環境調整要因や生涯にわたる行動介入の影響を十分に加味する必要があります。
参考文献
- The genetics of obesity: from discovery to biology (Nature Reviews Endocrinology, 2022)
- Meta-analysis of the heritability of body mass index in adulthood (AJCN, 2012)
- Physical activity attenuates the influence of FTO variants on obesity risk (PLoS Med, 2011)
疾患概念とスティグマの観点
肥満は意思や性格の問題ではなく、複雑な生物学と環境要因が関与する慢性疾患として捉えられます。病態生理には視床下部の食欲調節、ホルモン、腸—脳連関、エネルギー恒常性などが関わります。多面的なアプローチが必要です。
体重に対するスティグマや差別は、医療受診の回避、精神的苦痛、ストレス増大、回避的な食行動を通じて健康をさらに悪化させ得ます。人を主体とした言葉遣いと、尊厳に配慮したケアが推奨されます。
社会的決定要因(所得、教育、雇用、居住環境、食品アクセス)や政策も体重に影響します。健康の公平性を重視し、環境レベルの介入(課税、ラベリング、都市設計)と医療の連携が重要です。
メディアや医療者は、個人の責任を過度に強調せず、エビデンスに基づく支援可能性を伝えるべきです。スティグマを減らすこと自体が、治療成績の改善に寄与することが示唆されています。
参考文献
- Joint international consensus statement for ending stigma of obesity (Nat Med, 2020)
- WHO European Regional Obesity Report 2022
関与する遺伝子と代表的変異
小児期に発症する重度肥満の一部は単一遺伝子異常で説明され、LEP/LEPR、POMC、PCSK1、MC4Rなどレプチン—メラノコルチン経路の欠損が典型です。これらでは強い食欲、成長や内分泌異常など特異的表現型を伴います。
Bardet–Biedl症候群などの線毛病、Prader–Willi症候群などの染色体異常も肥満の原因となります。16p11.2領域の欠失に伴うSH2B1欠損、SIM1やADCY3の変異なども報告されています。遺伝学的検査が診断に寄与します。
一般的な多因子性肥満では、FTO、MC4R領域、TMEM18、BDNFなど数百のゲノム領域に小さな効果のSNPが集積しており、加算的にリスクを形作ります。これらは摂食行動やエネルギー消費、脂肪細胞機能に影響します。
メラノコルチン4受容体経路の遺伝性肥満に対しては、MC4R作動薬セトメラノチドが体重や食欲を改善し得ます。遺伝子診断は、標的治療や栄養・行動支援の個別化に結びつく可能性があります。
参考文献
- Genetic studies of body mass index yield new insights for obesity biology (Nature, 2015)
- Setmelanotide in Proopiomelanocortin and Leptin Receptor Deficiency (NEJM, 2020)
- Monogenic and syndromic obesity (Review)
予防・管理と最新エビデンス
体重の5〜10%減少でも血糖、血圧、脂質、肝機能など多くの代謝指標が改善します。個別化された食事療法、身体活動、睡眠・ストレス管理、行動療法が基盤であり、長期的支援が鍵となります。
薬物療法は生活習慣介入を補完する選択肢です。GLP-1受容体作動薬セマグルチド、GIP/GLP-1二重作動薬チルゼパチドなどが無作為化試験で大幅な体重減少を示し、併存疾患にも好影響を与える可能性があります。
減量手術(スリーブ、ルーワイ胃バイパスなど)は最も大きな体重減少と合併症改善をもたらし、選択基準を満たす患者で検討されます。術後は栄養管理と長期フォローが不可欠です。
BMIの限界を補うために腹囲や合併症の評価を併用し、リスクに応じた段階的治療を行います。環境レベルの対策(食品政策、都市設計、学校・職域の取り組み)と臨床の連携が、人口レベルの負担軽減に重要です。
参考文献

