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肝細胞増殖因子(HGF)血清濃度

目次

用語の定義と生理学的背景

肝細胞増殖因子(HGF)は主として間質系細胞(線維芽細胞、肝星細胞、骨髄系細胞など)が分泌する多機能性サイトカイン/成長因子で、受容体型チロシンキナーゼMET(c-MET)に結合して作用します。肝に限らず腎、肺、皮膚、神経など多くの臓器で、組織修復、細胞増殖、遊走、形態形成を促進する働きが知られています。血清中のHGFは健常時は低値で、組織傷害や炎症時に上昇する特徴があります。

HGFはプロHGFとして分泌され、HGFアクチベーター(HGFA)や各種セリンプロテアーゼにより活性型に変換されます。活性化HGFがMETを介してPI3K/AKT、RAS/MAPK、STATなどの下流シグナルを活性化し、細胞生存、抗アポトーシス、抗線維化、血管新生などの反応を引き起こします。これらの経路活性は臓器再生を支える一方で、腫瘍で過剰活性化されると浸潤や転移を助長することがあります。

血清HGF濃度は短時間でのフィードバック制御を受けやすく、産生、活性化、消費(受容体への結合・クリアランス)、阻害因子(ヘパラン硫酸プロテオグリカンなど)との相互作用により変動します。血清と血漿で値が異なることもあり、同一マトリクスでの追跡が推奨されます。

HGFは肝再生の中因子として発見されましたが、現在では「損傷応答因子」としての性格が強調されます。したがって血清HGFは病態非特異的ながら、組織傷害の全身的シグナルを反映するバイオマーカーと位置づけられます。

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測定と基準値の概観

血清HGFは主にサンドイッチELISA法、化学発光免疫測定(CLIA/ECLIA)、多重測定プラットフォーム(Luminex、Olinkなど)で定量されます。臨床・研究現場で最も広く用いられるのはELISAで、キャプチャ抗体と検出抗体でHGFを挟み込み、酵素反応の発色強度から濃度を求めます。

多くの健常成人では血清HGFは概ね0.1~0.4 ng/mL(100~400 pg/mL)程度と報告されます。ただし測定試薬、較正物質、マトリクス(血清/血漿)、前処理条件に依存して基準範囲は変動するため、各検査室の参照範囲に従う必要があります。

R&D Systemsの商用ELISAキット(Quantikine)では健常者血清の平均値がおよそ0.26 ng/mL、範囲0.13~0.47 ng/mLのデータが示されています。これはあくまでキット特異的な参考値であり、異なる測定系での横断的比較は推奨されません。

前分析要因(採血時間、空腹/食後、遠心・保存条件、凍結融解回数、ヘモリシス/リピミア/黄疸など)や、ヘテロフィル抗体・リウマトイド因子・高用量ビオチンの干渉が測定誤差を生むことがあるため、品質管理と再検確認が重要です。

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臨床的意義と解釈

血清HGFは肝炎、急性肝不全、肝硬変、肝細胞癌などの肝疾患で上昇しやすく、一般に肝細胞障害や再生の活性度、重症度を反映します。特に急性期には1.0 ng/mLを超える高値に達することがありますが、単独での診断確定には用いず、AST/ALT、ビリルビン、凝固能、画像などと併せて総合判断します。

肝臓以外でも、腎疾患、心血管疾患、敗血症、外傷・手術後など、多様な組織ストレスで上昇するため、HGFは「感度は高いが特異性は低い」マーカーです。患者背景と併存症、薬剤歴を踏まえた解釈が不可欠です。

循環HGFは将来的な心血管イベント(冠動脈疾患、脳卒中、心不全)のリスクとも関連する観察研究があり、動脈硬化や血管リモデリング、内皮機能障害とのリンクが示唆されています。ただし因果を証明するものではなく、リスク層別化指標の一つとして位置づけられます。

異常高値が得られた場合は、採血・測定誤差の可能性をまず検討し、必要に応じて再採血・再測定を行います。そのうえで肝・腎機能、炎症反応、画像検査、既知の疾患活動性と照らして臨床的に整合するかを確認します。

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遺伝的・環境的決定要因

循環タンパク質濃度の個人差は、遺伝的要因(pQTL:タンパク質量に影響する遺伝子多型)と、年齢、性、肥満、炎症、喫煙、薬剤、疾患活動性などの環境・表現型要因の双方で決まります。HGFでもHGF遺伝子座や関連経路にcis/cis-近傍のpQTLが同定されています。

大規模プロテオミクスGWASでは、HGFを含む多くの循環タンパク質に強いcis-pQTLが報告され、遺伝変異が濃度分散の一部を説明することが示されました。ただし個々のタンパク質ごとの厳密な狭義遺伝率は研究により幅があり、測定プラットフォームにも依存します。

総合すると、HGF血清濃度の分散のうち遺伝要因が概ね20~40%程度、環境・病態・行動要因が60~80%程度を占めると推定されます。これはpQTL効果量と疫学的共変量の寄与からの概算であり、母集団や測定法で変動します。

したがって、個人のHGF値は遺伝素因だけでなく、急性・慢性の炎症、組織損傷、代謝状態、薬剤(例:高用量ステロイド、抗がん剤)などの影響を強く受けることを念頭に置く必要があります。

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測定上の注意・限界と実務への落とし込み

HGFはマトリクス依存性やキット間差が比較的大きいため、縦断追跡では同一検査室・同一測定法を用いることが望まれます。臨床判断では絶対値の閾値よりも経時変化と臨床像の整合性を重視します。

ビオチン高用量(サプリメントやMS患者治療量)内服はストレプトアビジン/ビオチン系の免疫測定に干渉しうるため、採血前の休薬指示や問診が重要です。ヘテロフィル抗体・リウマトイド因子による非特異反応も偽高値の原因となります。

HGFは「全HGF」「活性型HGF」「プロHGF」など測定対象が異なるアッセイも存在します。報告値を解釈する際は、どの分子形態を測っているか、標準物質のトレーサビリティ、検出限界・直線性・CVなどの性能指標を確認します。

研究用途ではOlink等の相対量指標(NPX)も使われますが、臨床応用には絶対定量法(ELISA/CLIA)による基準範囲の整備が不可欠です。施設ごとの基準範囲に従い、疑わしい結果は再検で確認します。

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