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肌のバリア機能(経表皮水分蒸散量)

目次

定義と意義

経表皮水分蒸散量(TEWL)は、皮膚から無意識に失われる水分の量を示す生体指標で、皮膚のバリア機能の健全性を定量的に評価するために広く用いられます。値が高いほど「水が逃げやすい=バリアが弱い」状態を意味します。

皮膚の外層である角層は、角質細胞(コルネオサイト)と細胞間脂質(主にセラミド、コレステロール、遊離脂肪酸)から成り、レンガとモルタルに喩えられます。この構造が水分保持と外的刺激の遮断を担います。

TEWLは部位、年齢、温湿度、測定機器と手技の影響を受けるため、標準化された条件下での測定が推奨されます。欧州EEMCOの指針は、測定室環境や被験者の安静時間などの条件を詳細に規定しています。

臨床では、アトピー性皮膚炎、接触皮膚炎、乾燥肌などの疾患や状態の評価、製剤の保湿・バリア改善効果の検証、乳児の将来リスク予測などに活用されます。

参考文献

測定法と解釈

TEWLの測定には、オープンチャンバー法(例:Tewameter)とクローズドチャンバー法(例:Vapometer)があり、拡散勾配から水蒸気フラックスを算出します。機器によって絶対値が異なるため、同一機器での経時比較が望まれます。

測定前には、入浴や運動、外用剤の塗布、飲酒・喫煙などが結果に影響するため、一定時間の回避が推奨されます。測定環境の温度・湿度を一定にし、被験者の安静化時間を確保することが重要です。

一般に、顔や皮膚の薄い部位ではTEWLが高く、手背や前腕などでは低い傾向があります。乳児や高齢者ではバリアが脆弱な部位で値が高く出やすく、解釈には年齢・部位差の考慮が必要です。

TEWLは「病名」ではなく状態指標です。高値は炎症、脂質異常、角層剥離過多、タイトジャンクション障害などの基盤を反映し、治療前後の変化はバリア回復の客観的指標となります。

参考文献

病態生理

角層細胞間脂質のラメラ構造が破綻すると、皮膚内の水分が蒸散しやすくなりTEWLは上昇します。セラミド減少や脂肪酸組成の変化はバリアの疎水性と秩序性を低下させます。

フィラグリンは角層の天然保湿因子(NMF)産生に関与し、その欠損や機能低下は角層含水量の低下とTEWL上昇を招きます。タイトジャンクションの異常も経細胞経路を通じた漏出を増大させます。

Th2サイトカイン(IL-4、IL-13)は脂質合成酵素やバリア関連遺伝子の発現を抑制し、炎症とバリア破綻の悪循環を形成します。黄色ブドウ球菌の定着も毒素やプロテアーゼで障害を増悪させます。

低湿度、過度の洗浄・界面活性剤、熱、摩擦などの環境・行動因子は角層を物理化学的に損ね、急性にTEWLを増加させます。これらの回避とスキンケアが一次的介入になります。

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遺伝・環境要因

フィラグリン(FLG)遺伝子の機能喪失変異は、アトピー性皮膚炎や乾燥肌の素因として最も確立しており、NMF低下とTEWL上昇に関連します。人種ごとに頻度が異なり、日本人にも特有の変異が報告されています。

他にもCLDN1(クローディン-1)、SPINK5、脂質代謝関連遺伝子などがバリア機能に寄与しうるとされますが、効果量はFLGに比べ小さい傾向です。

双生児研究ではアトピー性皮膚炎の遺伝率は60–80%と推定され、TEWLを含むバリア関連表現型にも相応の遺伝的影響が示唆されます。一方、環境因子の寄与も無視できません。

環境因子には乾燥環境、季節、入浴・洗浄習慣、職業的曝露、スキンケア製品、微生物叢などが含まれ、介入可能である点が重要です。

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予防・管理と臨床応用

保湿剤(ワセリン、尿素、グリセリン、セラミド配合など)は角層の水分保持と脂質補充によりTEWLを低下させます。入浴は短時間・ぬるめ・低刺激洗浄を基本とします。

アトピー性皮膚炎では、外用ステロイドやタクロリムスなどの抗炎症治療が炎症を抑えることで二次的にバリアを改善します。生物学的製剤(抗IL-4/13)はバリア遺伝子発現を回復させ得ます。

乳児期の一次予防としての全身保湿については、初期小規模試験の有望な結果に対し、大規模RCT(BEEP試験)で有意な予防効果は確認されず、現時点で一律推奨は困難です。

TEWL測定は製品評価や治療反応性の客観指標として有用で、乳児での高TEWLは後のアトピー発症リスクを予測し得ることが示されています。

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