肉離れ
目次
肉離れの概要
肉離れは、急なダッシュや方向転換、跳躍動作などで筋肉が強く引き伸ばされる過程で、筋線維や筋膜の一部が損傷・断裂する急性の筋損傷を指します。特に太ももの裏(ハムストリングス)、ふくらはぎ(腓腹筋)、太ももの前(大腿四頭筋)で発生しやすく、スポーツ愛好家からトップアスリート、日常動作中の一般の方まで幅広く起こり得ます。
損傷の程度は軽度の微細損傷から、筋線維の広範な断裂や腱付着部の断裂まで連続的で、臨床的には腫れや圧痛、伸ばしたときや力を入れたときの痛み、機能低下の程度で評価します。画像検査(超音波やMRI)は重症度の把握や他疾患の除外に有用ですが、すべての症例で必須ではありません。
治療の基本は、受傷直後の過度な負荷を避けつつ、痛みが許す範囲で早期から適切なリハビリを進めることです。従来のRICEやPOLICEに加え、近年は急性軟部組織損傷の管理原則としてPEACE & LOVEが提案され、過剰な安静や氷の使い過ぎよりも、教育・早期の段階的負荷・心理面への配慮が重視されています。
大半の肉離れは保存的治療で良好に回復しますが、完全断裂や腱の引き抜き損傷、反復性の再発例では手術が考慮されることがあります。再発を防ぐためには、痛みの消失だけでなく、柔軟性、筋力(特にエキセントリック筋力)、協調性や体幹機能の十分な回復が重要です。
参考文献
肉離れの症状
典型的には、動作中に「ブチッ」「ピキッ」といった鋭い痛みや引きつり感を自覚し、その直後から患部を押すと痛い(圧痛)、力を入れると痛い、伸ばすと痛い(ストレッチ痛)といった症状が現れます。腫れや内出血(皮下出血斑)が数時間から数日で目立つこともあります。
重症度が高いほど、歩行や階段昇降、スポーツ動作の継続が難しくなり、筋力低下や可動域制限が顕著になります。完全断裂例では、筋腹の陥凹や腱の緊張消失が触れることもあります。
診察では、受傷機転の聴取、視診・触診、痛みを誘発する抵抗運動や伸張テストなどを組み合わせて評価します。超音波はベッドサイドで損傷部位や血腫の有無を確認でき、MRIは損傷範囲や深さの詳細把握、復帰時期予測の補助に役立ちますが、初期の全例に必要ではありません。
鑑別としては、肉離れに似たふくらはぎの痛みを起こす下腿静脈血栓症、アキレス腱断裂、疲労骨折、筋膜間コンパートメント症候群などがあり、しびれ・強い腫れ・安静時も増悪する痛みなどがあれば速やかな受診が推奨されます。
参考文献
肉離れの発生機序
肉離れは多くの場合、筋肉が伸ばされながら力を発揮する「エキセントリック収縮」時に起こります。特に、筋肉と腱の移行部(筋腱接合部)は機械的ストレスが集中し、微細損傷が生じやすい構造的脆弱点と考えられています。
高速走行の後期スイング期では、ハムストリングスが強く伸張されつつ減速に働くため、筋線維の過伸長と高張力が重なり損傷リスクが増します。ジャンプやキック、急停止・加速・方向転換といった動きでも同様の状況が生じます。
基礎研究では、筋線維のサルコメア不均一伸長、反復する伸張性収縮による微小損傷の蓄積、筋膜や結合組織の剪断ストレスなどが示され、これらが臨床の肉離れに反映すると考えられます。
先行する疲労や筋力不均衡、柔軟性低下、先行損傷による瘢痕組織の存在などは、同じ外力でも局所に大きな負荷集中を起こし、発生機序を助長すると推定されています。
参考文献
- Garrett WE. Muscle strain injuries: clinical and basic aspects
- Opar et al. A novel approach to hamstring strain injury
発症に関係する環境的要因
肉離れのリスクは多因子性で、運動量の急激な増加(トレーニング負荷のスパイク)、十分でない回復、睡眠不足や脱水、寒冷環境、スパイクやシューズ・競技場面の変更などの外的要因が関与します。これらは筋温や神経筋制御に影響し、伸張性負荷への耐性を下げる可能性があります。
内的要因としては、過去の同部位筋損傷歴が最も強いリスク因子の一つで、未回復の筋力不足や柔軟性低下、腱・筋の構造変化が再受傷を招きます。加えて、ハムストリングスでは大腿二頭筋長頭の筋建築(筋束長や羽状角)や、股関節伸展・膝屈曲の筋力不足が関連すると報告されています。
年齢が上がるにつれ筋腱の弾性や血流が変化し、急性筋損傷のリスクが高まる可能性が示唆されていますが、一般人口全体における厳密な年齢別罹患率の推定は限られています。男女差も競技種目やレベル、曝露量に依存し、単純な比較は困難です。
ストレッチは可動域改善や主観的な張りの軽減には役立ちますが、単独での筋損傷予防効果は限定的というエビデンスもあります。実践上は、ウォームアップ、段階的な負荷管理、エキセントリック筋力強化、体幹・股関節周囲の協調性トレーニングなどを組み合わせることが推奨されます。
参考文献
- Freckleton & Pizzari. Risk factors for hamstring muscle strain injury
- Timmins et al. Biceps femoris architecture and risk
診断と早期発見
早期発見の鍵は、受傷状況の詳細な聴取と、局所の圧痛・腫脹・機能低下の評価です。痛みで走れない、階段で力が入らない、患部を伸ばすと鋭く痛むなどは肉離れを示唆します。これらの症状がある場合、まずは活動を中止し、圧迫・患部の保護を行い、過度なアイシングやマッサージは避けます。
初期は臨床評価のみで方針が立つことが多く、重症が疑われる、広範な内出血や筋の陥凹を触れる、再発を繰り返す、競技復帰時期を精緻に見積もりたい、といった場合に超音波やMRIを追加します。
血栓症やアキレス腱断裂など緊急性のある疾患が鑑別に挙がるときは、同日受診が望まれます。感覚異常や著明な腫脹、安静時痛の増悪、足の冷感や蒼白などがあれば救急受診の適応となります。
受傷直後からの適切な教育(過度な安静や不必要な受動的治療を避ける)、疼痛に応じた軽い日常活動の維持、段階的な荷重・可動域運動の開始が、その後の回復と早期復帰に寄与します。
参考文献
治療とリハビリテーション
急性期はPEACE(Protect, Elevation, Avoid anti-inflammatories early, Compression, Education)を重視し、過度な氷や抗炎症薬に依存せず、患部の保護と圧迫、過負荷の回避、患者教育を行います。痛みが落ち着いたらLOVE(Load, Optimism, Vascularisation, Exercise)に移行し、循環を促す軽運動から段階的に負荷を高めます。
薬物療法は、強い痛みに対して短期間の鎮痛薬を用いることはありますが、長期のNSAIDsは組織修復を妨げる可能性が指摘されており、最小限・短期使用が原則です。局所へのPRP(多血小板血漿)注射は注目されましたが、ハムストリングスのRCTで有効性が示されなかった報告があり、 routine には推奨されません。
リハビリは、痛みのない範囲での可動域回復、神経筋制御の再獲得、エキセントリック筋力強化(例:ノルディックハムストリング)や、アジリティ・体幹安定化トレーニングの併用が重要です。これにより再受傷率の低下が示されています。復帰判定では、左右差の少ない筋力、痛みなく最大スプリントや方向転換が可能かなど、機能基準を満たすことが重視されます。
完全断裂や腱付着部の引き抜き損傷、保存療法で反復再発する一部例では手術が検討されます。術後も段階的リハビリが必要で、復帰までの期間は損傷の重症度、競技種目、既往歴により大きく異なります。
参考文献
- Dubois & Esculier. PEACE & LOVE for soft-tissue injuries
- Reurink et al. Platelet-Rich Plasma for Acute Hamstring Injury (NEJM)
- Sherry & Best. APT vs Stretching/Strengthening for hamstring strain
予防
ハムストリングスを中心とする筋損傷の予防では、ノルディックハムストリングエクササイズ(NHE)を含むエキセントリック強化が、ランダム化比較試験やメタ分析で一貫して有効性を示しています。シーズン前後を通した十分な実施量(週1–2回程度)と、漸増的な回数設定が鍵です。
包括的なウォームアッププログラム(FIFA 11+など)は、下肢の筋損傷を含むスポーツ外傷の発生を有意に減らすことが示されています。動的ストレッチ、神経筋トレーニング、バランス・プライオメトリクス、方向転換ドリルなどを系統立てて取り入れます。
トレーニング負荷の管理(急激な走行距離の増加やスプリント回数の急増を避ける)、十分な睡眠・栄養・水分、疲労時の高強度スプリントの制限、競技場面やシューズ変更時の適応期間の設定など、環境と行動の工夫も有効です。
既往のある選手は、左右差のある筋力や柔軟性、骨盤・体幹の制御不良を重点的に是正し、復帰後も週1回程度の維持的エキセントリック強化を継続することが、再発リスク低減に寄与します。
参考文献

