聴覚を司る脳部位の大きさ
目次
定義と主要構造
聴覚を司る脳部位とは主に側頭葉の上側頭回に位置する一次聴覚野(Heschl回、HG)と、その後方の平面側頭部(planum temporale、PT)を指します。さらに皮質下では視床の内側膝状体や、皮質間の結合として聴放線などが関与し、音情報の中継と統合を担います。ここでいう大きさは厚み、表面積、体積など複数の指標を含みます。
一次聴覚野はトノトピーと呼ばれる周波数地図を持ち、音の高さや時間情報を初期段階で解析します。Heschl回の折り返しの数や形状は個人差が大きく、1本から二重、三重に分かれるバリエーションも知られています。形の違いは測定法に大きく影響します。
平面側頭部は言語関連で左が右より広い「左優位(非対称性)」が古典的に知られています。しかし個体差が非常に大きく、また音楽や母語などの経験要因も関与するため、単純な左右差だけで機能を断定することはできません。
大きさの定量はMRIによる構造画像が中心で、手動描画、ボクセルベース形態計測(VBM)、表面ベース形態計測(SBM/FreeSurfer)などが使われます。同一個人内の再現性は方法依存で、研究間比較には標準化が重要です。
参考文献
- Morosan et al. Human primary auditory cortex: cytoarchitectonic subdivisions
- Rademacher et al. Variability and asymmetry of Heschl's gyrus
- Shapleske et al. The planum temporale: a systematic, quantitative review
遺伝と環境の寄与
皮質の形態には遺伝と環境がともに関与します。双生児研究では表面積の遺伝率が厚みより高い傾向があり、一次感覚野を含む領域ではとくに遺伝の寄与が大きいことが示されています。聴覚皮質もその例外ではないと考えられています。
一方で、音楽訓練や言語経験、難聴などの環境要因は可塑性を介して聴覚皮質の厚みや体積、微細構造を変化させ得ます。経験依存的な変化は月単位から年単位で観察され、可逆的な側面も報告されています。
SNPベースの遺伝率は双生児ベースより低く見積もられる傾向があり、ポリジーン的な影響に加えて環境と遺伝の交互作用(G×E)が重要であることが示唆されています。
したがって「何割が遺伝か」を一律に断定するより、測定指標(厚み・表面積・体積)、年齢、集団、解析法ごとに範囲として理解するのが実践的です。
参考文献
- Eyler et al. Genetic and environmental contributions to cortical structure in twins
- Grasby et al. The genetic architecture of the human cerebral cortex
- Strike et al. Genetic complexity of cortical structure
測定法と理論的背景
VBMは全脳をボクセル単位で平滑化・統計比較する枠組みで、群間差の探索に適しますが、複雑な回の形状差を丸めてしまう可能性があります。
SBM/FreeSurferは皮質表面を再構築し、厚みや表面積、曲率などを頂点単位で推定します。聴覚皮質のように折り畳みの影響が大きい部位では、表面ベースが形状を保持しやすい利点があります。
細胞構築学的確率マップ(SPM Anatomy Toolboxなど)は、解剖学的な領域境界の不確実性を統計的に扱いつつ、個人のデータへ投影する方法です。聴覚野サブフィールド(Te1.0-3等)の推定に用いられます。
理論的には、表面積は皮質コラム数(神経前駆細胞の増殖)に、厚みは樹状突起密度やミエリン化の状態により影響されるとされ、発生学的・経験依存的要因が異なる時間軸で作用します。
参考文献
- Ashburner & Friston. Voxel-based morphometry—the methods
- Fischl. FreeSurfer
- Eickhoff et al. A probabilistic cytoarchitectonic atlas and toolbox
臨床・機能的含意
Heschl回や平面側頭部の大きさ・左右差は、言語処理や音高知覚、リズム処理などの個人差と関連づけられてきました。音楽家ではこれら領域の灰白質量や面積が増えているとの報告があります。
ただし、群平均の傾向であり、個人診断には直接使えません。大きさの差が原因か結果かは縦断研究でなければ判定困難で、可塑性の影響も考慮が必要です。
読字障害や発達性言語障害で平面側頭部の非対称性が弱いという所見はありますが、一貫性には限界があり、臨床応用のためにはマルチモーダルな評価が望まれます。
難聴や耳鳴では二次的な皮質再構成が起こり得るため、症状との対応づけには機能画像や聴覚検査と併用した解釈が不可欠です。
参考文献
- Gaser & Schlaug. Brain structures differ between musicians and non-musicians
- Schneider et al. Asymmetry of lateral Heschl's gyrus and pitch perception
- Zatorre et al. Plasticity in gray and white matter
正常範囲と解釈の注意
聴覚皮質の大きさに関する『正常値』は、現時点で医療現場に広く流通する単一基準は存在しません。測定法、スキャナ、画像解像度、前処理、定義する境界により数値が変わるためです。
左右差(左>右のPTなど)は集団としては再現されますが、個人では例外も多く、左右差の存在だけで能力や疾患を断定するのは不適切です。
年齢、性別、頭蓋内全体積、利き手、言語背景、音楽訓練歴などの交絡因子を統計的に調整しないと、解釈を誤る恐れがあります。
臨床では、画像所見は症状・所見(聴覚検査、言語評価、神経学的診察)と総合して判断し、必要に応じて縦断的な追跡で変化を確認するのが推奨されます。
参考文献

