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組織因子(TF)血清濃度

目次

概要

組織因子(tissue factor: TF, 遺伝子名F3)は、外因系凝固カスケードの開始因子で、血管外の細胞や損傷部位で第VII/VIIa因子と複合体を形成し第X因子活性化を引き起こします。本来は血流中に多く存在しない膜タンパク質ですが、炎症や細胞活性化に伴い、微小小胞(マイクロベシクル)に搭載されて循環中に検出されることがあります。

血液検体のうち「血清」は凝固後の上清であり、凝固過程で血小板や白血球由来のTF陽性微粒子が放出され得るため、同一個体でも「血漿」より測定値が高く出る傾向があります。このため、TFの循環レベル評価には血漿(特にクエン酸血漿)が推奨されることが多いのが実情です。

循環TFは多様な疾患で上昇し、動脈硬化、がん関連血栓症、敗血症性DICなどの病態に関与します。ただし測定法や前処理条件の非標準化が残っており、施設間比較が難しい点が大きな課題です。

TFの機能は止血に限らず、プロテアーゼ活性化受容体(PAR-2)シグナルを介した炎症・血管新生にも波及します。したがって「どれくらい血中にあるか」は、単に凝固潜在性だけでなく、炎症の活性度の一端を反映する可能性があります。

参考文献

測定法と理論

循環TFの定量には大きく「抗原量」を測る免疫測定(ELISA等)と、「活性」を測る発色性の第Xa産生アッセイの2系統があります。前者は総量を把握できますが、非機能的なTFも含む可能性があり、後者は生理活性を反映しますが感度や干渉の影響を受けやすいという特徴があります。

ELISAでは固相化抗体がTFを捕捉し、二次抗体と酵素反応で発色させて定量します。キット間でエピトープ認識が異なるため、測定値の絶対値が変動し得ます。対して活性アッセイは、検体に組換えヒトFVIIaとFXを加え、生成するFXaをクロモジェニック基質で測定する設計が一般的です。

循環中のTFの多くは微小小胞に搭載されるため、前処理(遠心条件、凍結融解回数)や採血管の種類が結果に大きく影響します。国際血栓止血学会(ISTH)はマイクロベシクル測定の前分析条件や標準化に関する指針を公表しています。

血清での測定は、凝固・収縮過程で放出される微小小胞や細胞外小胞の混入が避けられず、病態評価の一貫性に課題が残ります。このため研究や臨床応用ではクエン酸血漿ベースの手順が推奨されることが多い点に注意が必要です。

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生物学的役割

TFは外因系凝固の起点として、止血の迅速な開始に不可欠です。血管損傷時に露出したTFがFVII/VIIaと結合し、FX活性化を介してトロンビン産生を加速、フィブリン形成と血小板活性化を促進します。

一方で、炎症性サイトカイン(TNF、IL-1、IL-6)や酸化ストレスが単球・内皮様細胞のTF発現を誘導し、血栓リスクを高めます。敗血症やDICではこの軸が過剰に駆動し、びまん性のトロンビン生成と臓器障害に寄与します。

がんでは腫瘍細胞がTFを過剰発現し、腫瘍由来外小胞に活性TFが搭載され血栓症の素地を形成します。加えて、TF–FVIIa–PAR-2シグナルは腫瘍の血管新生・転移能にも関わることが示されています。

動脈硬化斑でもマクロファージ由来のTFが多く、斑破綻時の急速な血栓形成に直結します。したがって、循環TFは複数の病態の交点に位置するバイオマーカーといえます。

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値の解釈と正常範囲

循環TF(特に血清)の基準範囲は世界的に標準化されていません。キットの特性、試料(血清か血漿)、前処理で絶対値が大きく変わるため、各施設の基準に従う必要があります。研究では健康対照の血漿TF抗原が数十〜数百pg/mLのオーダーと報告されることが多い一方、血清ではより高値を示す傾向があります。

数値の解釈では、炎症反応や組織傷害、運動、喫煙、代謝異常などの交絡因子を考慮します。単回測定の外れ値は前分析要因でも起こり得るため、再検や別法(抗原量と活性)の相互参照が推奨されます。

臨床的には、持続的な高値が血栓症、動脈硬化イベント、がん関連血栓症、敗血症性凝固異常のハザード上昇と関連する報告がありますが、特異度は高くありません。したがって単独で診断や抗凝固療法適応を決める指標ではありません。

基準範囲の提示は施設依存で、同一患者の縦断的推移や他の炎症・凝固マーカー(Dダイマー、CRP、TFPIなど)と合わせて評価することが実践的です。

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遺伝・環境要因と対策

TF循環レベルの個人差には遺伝と環境の双方が寄与しますが、厳密な遺伝率推定は確立していません。F3遺伝子や制御領域の多型、TFPIや炎症関連遺伝子のpQTLが関与し得る一方、実臨床ではサイトカイン、感染、喫煙、肥満、糖尿病、脂質異常など環境要因の寄与が大きいと考えられます。

現実的には、TF高値の多くは炎症・組織傷害に起因します。感染症や術後、急性冠症候群、がん活動性の高まりで上昇し、病態終息とともに低下します。この点からも環境・後天要因の影響が支配的であると解釈されます。

対策としては、原疾患の治療と併せ、禁煙、体重管理、運動、血圧・脂質・糖代謝の最適化など心血管リスク管理が中です。スタチン等の抗炎症作用をもつ治療はTF発現を低減させる可能性がありますが、個別の投与判断は適応症に従います。

検査の活用は、ハイリスク病態のモニタリングの一助として位置づけ、単独ではなく包括的評価の一部として用いることが推奨されます。

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