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糖尿病性腎症

目次

定義と位置づけ

糖尿病性腎症は、長年の高血糖により腎臓の糸球体や尿細管・間質が傷つき、アルブミン尿や糸球体濾過量(eGFR)の低下を通じて慢性腎臓病(CKD)へ進行しうる合併症を指します。近年は腎臓病学の観点から「糖尿病性腎臓病(diabetic kidney disease; DKD)」という包括的な用語も用いられ、糖尿病患者に発見されるCKD全般を含める用法が広がっています。早期段階では自覚症状に乏しく、健康診断や定期通院での尿アルブミン・血清クレアチニン測定が発見の鍵になります。

日本では透析導入の原疾患の最多が長年「糖尿病性腎症」であり、末期腎不全(ESKD)に到る重要な原因疾患です。血糖管理、血圧管理、脂質管理、生活習慣の是正、腎保護薬の適正使用が予後を大きく左右します。診療ガイドラインは日本腎臓学会やKDIGO、米国糖尿病学会(ADA)などが整備し、スクリーニングと治療の標準を提示しています。

重症度の把握には、尿アルブミン排泄量(A1~A3)とeGFR(G1~G5)の二軸分類(CKD分類)が一般的であり、糖尿病性腎症の臨床病期分類(第1期~第5期)も併用されます。微量アルブミン尿(A2)段階で介入すると腎機能低下の速度を大きく抑えられることが示されています。

疫学的には、糖尿病患者の約20~40%が生涯のどこかでCKDを合併するとされ、心血管疾患リスクの上昇とも密接に関連します。したがって腎臓だけでなく全身の動脈硬化進展を抑える視点が不可欠です。

参考文献

発生機序(なぜ腎臓が傷むのか)

持続する高血糖は腎糸球体の過剰濾過(高灌流・高圧)を引き起こし、糸球体毛細血管の内皮障害、基底膜肥厚、メサンギウム細胞の増殖と基質蓄積を促します。これらは最終的に糸球体硬化へ至り、アルブミン漏出や濾過量低下の病態基盤となります。

糖化最終産物(AGEs)の蓄積、酸化ストレス、ポドサイト傷害、レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系(RAAS)活性化、炎症性サイトカインやTGF-βを介した線維化が病理進展に関与します。尿細管・間質障害も腎機能低下と相関し、糸球体病変と並行して進みます。

高血圧や塩分過多、喫煙、脂質異常、肥満・インスリン抵抗性は腎内圧や微小循環に悪影響を及ぼし、糖尿病性腎症の進展を加速します。逆に、血圧を適正化しRAASを抑制することで糸球体内圧を下げ、病態を遅らせることができます。

病理学的には、ポドサイト減少、GBM肥厚、メサンギウム拡大、硬化結節(Kimmelstiel–Wilson病変)などが特徴的で、臨床像(アルブミン尿・eGFR低下)と整合します。

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危険因子(遺伝と環境)

遺伝的素因として、アジア人でELMO1、多民族でFRMD3、AFF3、CNDP1、ACE(I/D多型)などが報告されています。家族内集積や一卵性双生児間での一致率から、一定の遺伝寄与が示唆されますが、単一遺伝子で説明される病態ではなく、多因子疾患として理解されます。

環境・臨床要因としては、長期の高血糖、糖尿病罹病期間、持続する高血圧、喫煙、肥満・インスリン抵抗性、脂質異常、高食塩摂取、NSAIDsの多用、再発尿路感染症などが挙げられます。これらは相互に悪影響を及ぼし、腎症リスクと進展速度を高めます。

保護因子としては、適切な血糖・血圧・脂質管理、減塩・体重管理、禁煙、運動習慣、SGLT2阻害薬やRAAS阻害薬、非ステロイド性MRA(フィネレノン)などの薬理学的介入が確認されています。腎保護は心血管イベント抑制にもつながります。

エビデンスは臨床試験(EMPA-KIDNEY、DAPA-CKD、FIDELIO/FIGARO-DKDなど)や大規模観察研究から蓄積しており、適応と副作用を勘案した個別化治療が推奨されます。

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診断とスクリーニング

スクリーニングの基本は、随時尿アルブミン/クレアチニン比(UACR)と血清クレアチニンから推算糸球体濾過量(eGFR)を定期的に測ることです。2回以上の別日に測定して持続する異常を確認します。

ADAは2型糖尿病では診断時から毎年、1型糖尿病では発症5年後から毎年のUACR・eGFR測定を推奨しています。日本のCKDガイドラインでも同様に、糖尿病患者の定期検査として推奨されています。

尿沈渣、血圧、脂質、体重、喫煙歴などの併存因子評価も重要です。非典型的所見(急速な腎機能低下、尿潜血主体、難治性高血圧、ネフローゼなど)があれば腎生検を含む精査を考慮します。

早期(微量アルブミン尿)での介入が最も効果的で、後期に比べ腎機能低下を強く抑制できます。定期受診・家庭血圧測定・服薬アドヒアランスが成否を分けます。

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治療と予防

治療の柱は、血糖・血圧・脂質の最適管理、減塩(日本では1日6g未満を目標)、禁煙、適正体重の維持、腎保護薬の使用です。ACE阻害薬/ARBはアルブミン尿是正と腎保護に有効で、SGLT2阻害薬は腎不全進行と心血管イベントを抑制します。フィネレノンは残余リスク低減に有効とされます。

GLP-1受容体作動薬は体重減少と心血管保護に寄与し、腎アウトカムにも好影響を示すエビデンスが増えています。スタチンは心血管一次予防として推奨されます。NSAIDsの漫然使用は避け、造影剤使用時は腎保護策を講じます。

末期腎不全に至った場合は、血液透析・腹膜透析・腎移植が選択肢です。日本では透析患者の生命予後は改善していますが、合併症予防と生活の質の維持には継続的な多職種支援が必要です。

患者教育・自己管理(栄養、運動、服薬、家庭血圧、Sick day対応)が治療効果を左右します。個々の目標設定(HbA1c、血圧、尿アルブミン、eGFR変化)を共有し、定期的に見直します。

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