空腹時血糖値
目次
空腹時血糖値の基本概念
空腹時血糖値とは、一般に8時間以上の絶食後に採血し、血漿もしくは全血中のブドウ糖濃度を測定した値を指します。単位はmg/dLまたはmmol/Lが用いられ、国際的には血漿での測定が推奨されます。糖代謝の基礎的な状態を反映するため、糖尿病の診断や予備群の評価に広く用いられています。
この値は、肝臓からの糖放出(糖新生とグリコーゲン分解)と、末梢組織での糖取り込み(主にインスリン依存性)とのバランスにより決まります。空腹時の状況では、インスリン分泌は低下し、グルカゴンなどの拮抗ホルモンが相対的に優位となるため、肝糖産生が維持されます。
臨床現場では、空腹時血糖値は簡便で再現性の高いスクリーニング指標とされますが、同時にHbA1cや経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)と組み合わせることで、より包括的な評価が可能になります。これにより食後高血糖優位か空腹時高血糖優位かといった表現型の違いも把握できます。
標準化の観点では、採血から測定までの前処理が結果に大きく影響します。フッ化ナトリウム添加管の使用や迅速な遠心分離で赤血球による糖の消費(解糖)を抑制することが重要です。測定法は主にヘキソキナーゼ法とグルコースオキシダーゼ法が用いられています。
参考文献
- ADA Standards of Care 2024: Classification and Diagnosis of Diabetes
- NIDDK: Diabetes Tests
- WHO: Definition and diagnosis of diabetes mellitus and intermediate hyperglycaemia
測定法と前処理のポイント
空腹時血糖の測定には血漿を用いることが推奨され、採血後は速やかな遠心分離で細胞成分を除去します。フッ化ナトリウムは解糖を阻害しますが完全ではないため、時間管理が重要です。プレアナリシスの管理が測定精度の基盤となります。
分析法としてはヘキソキナーゼ/G6PD法が国際標準で、生成するNADPHの吸光度(340nm)増加を測定します。グルコースオキシダーゼ・ペルオキシダーゼ法も広く用いられますが、酸素分圧や干渉物質の影響を受けやすい特性があります。
臨床現場のポイントオブケア(POC)血糖測定器は管理に有用ですが、診断目的では検査室法が推奨されます。ヘマトクリット、温度、薬剤などがPOCの精度に影響するため、結果の解釈に注意が必要です。
単位換算は1 mmol/L=18 mg/dLが目安です。報告単位の違いがあるため、国際比較や文献参照の際には換算を正確に行う必要があります。検査報告書の参照範囲も施設により細微に異なります。
参考文献
- Testing.com: Glucose
- IFCC Scientific Division: Working Group on Glucose Measurement
- ARUP Laboratories Test Directory: Glucose, Serum or Plasma (Hexokinase)
診断基準と臨床での解釈
ADAでは空腹時血糖値126 mg/dL(7.0 mmol/L)以上を糖尿病、100〜125 mg/dL(5.6〜6.9 mmol/L)を前糖尿病(IFG)と定義しています。一方、WHOはIFGの下限を110 mg/dL(6.1 mmol/L)とするなど、基準に若干の差があります。
診断は1回の異常値で確定せず、通常は別日に再検して確認します。典型的症状があり随時血糖が200 mg/dL以上など、別の診断基準を満たす場合は例外があります。HbA1cやOGTTを併用すると見逃しを減らせます。
空腹時血糖は心血管リスクとも相関し、正常上限でもリスクが連続的に上昇することが知られます。生活習慣介入によりIFGからの糖尿病発症は有意に減少し、早期発見の意義が強調されます。
妊娠、急性疾患、薬剤(副腎皮質ステロイド、利尿薬、抗精神病薬など)は数値を変動させます。解釈時には臨床状況、採血条件、併用薬を必ず確認する必要があります。
参考文献
- ADA Standards of Care 2024: Classification and Diagnosis of Diabetes
- WHO: Definition and diagnosis of diabetes mellitus and intermediate hyperglycaemia
- StatPearls: Impaired Fasting Glucose
遺伝・環境要因と変動
空腹時血糖値の個人差は、遺伝要因と環境要因の双方により規定されます。双生児研究では遺伝率が概ね30〜50%と報告されており、残りは食事、運動、睡眠、肥満、薬剤、年齢などの環境・行動要因の影響と解釈されます。
ゲノムワイド関連解析(GWAS)は、GCKやG6PC2など空腹時血糖に関連する複数の遺伝子座を同定し、生理機構(β細胞機能や肝糖産生調節)への寄与を示しました。ただし単一多型の効果量は小さく、環境との相互作用が大きいのが特徴です。
家族歴は平均的に空腹時血糖の上昇と関連しますが、生活習慣介入により遺伝リスクを相殺できることが示されています。特に体重減少と身体活動の強化は、遺伝的に高リスクの人でも有効です。
民族差や年齢による基礎値の違いも報告されます。加齢に伴いインスリン分泌と感受性が低下しやすく、空腹時血糖が漸増する傾向があります。測定の縦断追跡で個体内変動を評価することが推奨されます。
参考文献
- Dupuis J. et al. New genetic loci influencing fasting glucose homeostasis (Nat Genet 2010)
- Manning A.K. et al. Nat Genet 2012: Genetic variants influencing fasting glycemic traits
- Endotext: Genetics of Type 2 Diabetes
管理と予防の実際
IFGや高値が見つかった場合、まず別日に再検し、HbA1cやOGTTで総合評価します。その上で、体重の5〜7%減少、週150分以上の有酸素運動、食物繊維摂取の増加、精製糖質の適正化といった生活習慣介入が第一選択です。
薬物療法はリスク層別化に応じて検討されます。特に若年でBMIが高く、IFGが持続する場合はメトホルミンが考慮されることがあります。合併症スクリーニング(脂質、血圧、腎機能)も同時に進めます。
低血糖が疑われる場合は即時に15gの速効性糖質を摂取し、再測定します。反復する低血糖は基礎疾患や薬剤過量の可能性があり、医療機関での精査が必要です。
発熱・感染症・ステロイド投与などストレス状況では一過性に上昇することがあります。こうした状況では、無理をせず回復後に再評価するか、主治医と測定タイミングを相談します。
参考文献

