神経膠腫
目次
定義と分類
神経膠腫は、脳や脊髄に存在する神経膠細胞(アストロサイト、オリゴデンドロサイトなど)やその前駆細胞から発生する腫瘍の総称です。発生部位が中枢神経系に限られ、周囲へ浸潤性に広がる性質があるため、境界明瞭な腫瘍とは治療戦略が異なります。
世界的にはWHO中枢神経系腫瘍分類に従って診断・命名が行われます。2021年以降の第5版では、組織像だけでなくIDH変異、1p/19q共欠失、TERTプロモーター変異などの分子所見が診断やグレード付けに密接に組み込まれました。
代表的なサブタイプには、IDH変異を有する拡散性星細胞腫、1p/19q共欠失を伴う乏突起膠腫、IDH野生型膠芽腫などがあります。小児ではBRAF変化を伴う低悪性度膠腫など、成人とは異なる分子背景が目立ちます。
これらの分類変更は、治療反応性と予後をより正確に反映するために導入されました。例えばIDH変異腫瘍は一般に予後が良好で、治療選択にも影響します。一方、膠芽腫(IDH野生型)は進行が速く、異なる治療方針が必要です。
参考文献
- The 2021 WHO classification of tumors of the central nervous system: a summary
- WHO Classification of Tumours (CNS Tumours, 5th edition) overview
疫学
神経膠腫は成人悪性脳腫瘍の大多数を占め、国や地域で罹患率に差があります。高所得国でやや高い傾向があり、人口の高齢化に伴い患者数は増加しています。ただし小児の低悪性度膠腫は別の疫学的特性を示します。
世界全体では、脳・中枢神経系の悪性腫瘍の年齢調整罹患率は概ね数/10万人の範囲です。神経膠腫はこの中核を占め、特に膠芽腫が成人悪性例の約半分を占めます。各国のレジストリが詳細を提供しています。
性差としては男性に多く、年齢が上がるほど発症が増える傾向があります。小児では10歳未満での低悪性度腫瘍が目立ち、思春期以降でパターンが変化します。民族差や地域差の背景には遺伝因子と診断体制の違いが影響します。
日本では脳腫瘍全体の統計は日本脳腫瘍全国統計(BTRJ)が整備しています。欧米と比べ膠芽腫の割合は概ね近似しつつ、組織型分布や年齢構成の違いが観察されます。最新の報告で継続的な更新が行われています。
参考文献
- GLOBOCAN 2020: Brain, central nervous system fact sheet
- CBTRUS Statistical Report (US brain tumor epidemiology)
- Brain Tumor Registry of Japan (BTRJ)
分子病態
神経膠腫は、ドライバー遺伝子変異と染色体異常の蓄積により発生・進展します。IDH1/2変異は低悪性度から進展する拡散性膠腫の初期事象であり、2-ヒドロキシグルタル酸の産生によるエピゲノム改変が腫瘍化に寄与します。
乏突起膠腫では1p/19q共欠失とIDH変異が定義的所見です。星細胞系ではATRXやTP53変異がしばしば同定されます。膠芽腫ではEGFR増幅、PTEN変異、TERTプロモーター変異、染色体外DNA増幅など、増殖と浸潤に関わる多彩な変化が見られます。
腫瘍幹細胞様細胞、腫瘍微小環境、免疫抑制性のサイトカインネットワークが治療抵抗性と再発に関与します。血液脳関門の存在は薬剤到達性を制限し、分子標的薬の効果を左右します。
TCGAなどの包括的ゲノム解析により、遺伝子発現サブタイプやメチロームの差異が整理され、予後予測や治療選択の指標が提案されています。分子病態の理解が病理診断と臨床試験設計を変革しました。
参考文献
- Comprehensive genomic characterization defines human glioblastoma genes and core pathways
- Comprehensive, Integrative Genomic Analysis of Diffuse Lower-Grade Gliomas
診断と検査
診断は臨床症状とMRIを基盤に行い、造影MRIや拡散・灌流・スペクトロスコピーなどを組み合わせて腫瘍の性質を推定します。確定診断には外科的生検や摘出検体の病理・分子診断が不可欠です。
2021年以降のWHO分類では、IDH変異、1p/19q共欠失、TERTプロモーター変異、EGFR増幅、+7/−10染色体変化などを用いて、腫瘍のタイプとグレードを統合的に決定します。液体生検は研究段階にあります。
鑑別診断には転移性脳腫瘍、原発性中枢神経系リンパ腫、脱髄性疾患、感染性病変などが含まれます。臨床経過や画像所見、ステロイド反応性なども考慮して総合的に評価します。
てんかん発作、新規の巣症状、進行性の認知変化や頭痛の増悪は受診の契機となります。救急対応が必要な場合もあり、適切な施設での迅速な評価が重要です。
参考文献
- EANO guidelines on the diagnosis and treatment of diffuse gliomas of adulthood
- NCI PDQ: Adult Central Nervous System Tumors Treatment (health professional version)
治療と予後
原則は最大安全摘出、放射線療法、アルキル化剤化学療法(テモゾロミドやPCV)を組み合わせることです。膠芽腫ではStuppレジメンが標準で、術後放射線と同時・維持テモゾロミドを行います。
腫瘍電場治療(TTFields)は維持テモゾロミドへの追加で生存延長を示し、一部の国で標準治療に組み込まれています。再発例ではベバシズマブや再手術、再照射、治験参加が選択肢になります。
分子標的の進展として、IDH変異低グレード膠腫に対するIDH阻害薬(vorasidenib)が第3相試験で無増悪生存期間を延長し、承認国が拡大しています。小児ではBRAF変異に対するBRAF/MEK阻害薬も有効です。
予後は年齢、性能状態、手術摘出度、分子マーカー(IDH、1p/19q、MGMTプロモーターなど)に依存します。集学的治療と専門施設でのケアが長期成績とQOLを支えます。
参考文献

