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真性過眠症

目次

定義と位置づけ

真性過眠症(特発性過眠症:Idiopathic Hypersomnia, IH)は、十分な睡眠時間を確保しても日中の強い眠気(過度の眠気)が慢性的に続く中枢性過眠症の一種です。ICSD-3(国際睡眠障害分類)では、ナルコレプシーや睡眠時無呼吸など他の原因が除外され、平均睡眠潜時の短縮や長時間睡眠などの客観的所見を伴う疾患として定義されています。

IHは「なぜ眠いのか」が現時点で明確ではないという点が特徴です。オレキシン欠乏が明確なナルコレプシー1型と異なり、IHではオレキシン濃度は概ね正常で、入眠時レム睡眠(SOREMP)の頻発も典型的ではありません。したがって、病態は別系統と考えられます。

臨床的には、長時間の夜間睡眠や「寝起きの悪さ(睡眠慣性・睡眠酩酊)」、短時間の仮眠で回復しにくいといった特徴がよくみられ、学業・就労・生活の質に大きな影響を及ぼします。過眠が慢性的であるため、抑うつや不安などの二次的問題を合併することもあります。

診断にあたっては、睡眠不足やサーカディアンリズム障害、薬剤性、内科・精神科疾患などの二次性過眠の除外が不可欠です。夜間の終夜睡眠ポリグラフ(PSG)と日中反復睡眠潜時検査(MSLT)を基本として、行動記録(睡眠日誌・アクチグラフィ)や質問票(ESS)も併用されます。

参考文献

主な症状と日常生活への影響

IHの中心症状は、十分寝ても残る耐えがたい眠気と、状況にそぐわない睡眠発作ではなく「持続的な眠気」です。短い仮眠での回復が乏しく、起床後のぼんやり感や頭が働かない感覚(睡眠慣性・睡眠酩酊)が長く続くことが多い点が、他の過眠症と区別に役立ちます。

夜間睡眠時間が長くなる「長時間睡眠型」では、1日10~12時間以上の睡眠が必要となることがあり、週末に極端な寝だめをする、朝起きられないなどの訴えが目立ちます。長時間睡眠が確認できない非長時間睡眠型でも、眠気と睡眠慣性が生活の中心的な困りごとになります。

注意・記憶・遂行機能の低下、対人関係や職務上のミス増加、交通リスクの上昇など社会生活への影響は大きく、本人・家族ともに対応に苦慮します。眠気の自覚と客観的測定(ESSやMSLT)が乖離することもあり、周囲の理解を得にくい点が問題になります。

抑うつ・不安症状、頭痛や自律神経症状(起立性のだるさ)を伴うこともあります。これらの二次症状は疾病負荷や睡眠スケジュールの乱れによって増悪するため、非薬物療法を含む包括的マネジメントが推奨されます。

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病態・発生機序の仮説

IHの病態は未解明ですが、脳内の抑制性神経伝達(GABA作動性)に関連する仮説が注目されてきました。患者の髄液にGABA A受容体を増強する活性が見出されたとの報告があり、これが全般的な覚醒低下をもたらす可能性が示唆されています。

この仮説は、ベンゾジアゼピン受容体拮抗薬のフルマゼニルやマクロライド系抗菌薬クラリスロマイシンが一部患者で眠気を軽減した観察と整合します。ただし、再現性や対象の選択に限界があり、標準治療として確立したわけではありません。

オレキシン(ヒポクレチン)低下が主要機序であるナルコレプシー1型と異なり、IHではオレキシン低下は通常認めません。サーカディアン位相の遅れや睡眠不足の慢性化はIHの原因ではなく、しばしば鑑別により除外されます。

神経炎症、自己免疫、脳外傷後の神経ネットワーク変化など、多因子的な寄与も検討されています。現時点では単一の病因では説明しきれず、臨床的にも表現型の多様性がみられるため、今後のバイオマーカー研究の進展が期待されます。

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遺伝学的所見と家族内集積

IHでは、特異的な原因遺伝子は現時点で確立していません。家族内に日中の過度の眠気や過眠症がみられる割合が一般より高いという報告はありますが、候補遺伝子や遺伝率の明確な推定は困難です。

HLA(ヒト白血球抗原)との強い関連が知られるナルコレプシー1型に比べ、IHではHLA関連の知見は一貫せず、診断的価値は限定的です。多因子性・遺伝的素因の存在は否定できないものの、現時点で遺伝検査は推奨されません。

臨床上は、家族歴の聴取が参考になりますが、生活習慣や睡眠文化など環境要因も共有されるため、遺伝要因と環境要因の寄与を数量化することは難しい状況です。

研究は進行中であり、表現型に基づくサブタイプ化と組み合わせたゲノムワイド解析やエクソーム解析が今後の鍵と考えられています。

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診断・検査と治療の概略

診断は、十分な夜間睡眠を確保したうえでのPSGとMSLTにより、平均睡眠潜時の短縮(8分以下)とSOREMPの少なさ(2回未満)などを確認し、他疾患を除外します。長時間睡眠型では24時間の総睡眠時間が660分以上であることが参考になります。

治療は、睡眠衛生の最適化、規則正しい起床時間の設定、外的刺激の活用、カフェインの戦略的使用などの非薬物療法に加え、覚醒促進薬や中枢刺激薬を用いる薬物療法が中心です。モダフィニルは多くの国で第一選択とされます。

米国では2021年に低ナトリウムオキシベート(LXB)が成人IHで承認され、眠気と睡眠慣性の改善が示されました。ピトリサントやソリアムフェナトールなど、他の覚醒促進薬もエビデンスが蓄積しつつありますが、適応は国により異なります。

フルマゼニルやクラリスロマイシンは一部の難治例で試みられますが、標準治療ではなく、専門医の管理下で慎重に検討されます。生活上の配慮(運転リスク評価、勤務調整、学校との連携)も重要です。

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