痛みの感じやすさ
目次
痛みの感じやすさの概要
「痛みの感じやすさ(痛み感受性)」は、同じ刺激でも人によって痛みの強さや不快さの感じ方が異なることを指します。痛みには、組織損傷の警告としての生理的な側面と、注意・感情・記憶が関わる心理的な側面が重なります。そのため、感受性は単なる“我慢強さ”ではなく、脳と身体の統合反応の個人差です。
臨床や研究では、痛みの閾値(痛いと感じ始める強さ)や耐性(耐えられる強さ)、熱・冷・圧・機械刺激など感覚様式ごとの反応を計測する定量的感覚検査(QST)が用いられます。これにより末梢神経、脊髄、脳レベルの機能と、感情・注意の影響をある程度切り分けて評価します。
慢性痛では、炎症や末梢神経の過敏化に加え、中枢感作と呼ばれる脊髄・脳の増幅メカニズムが感受性を高めます。中枢感作は、軽い触刺激でも痛い(アロディニア)、強い痛みがより痛く感じる(痛覚過敏)などの臨床像として現れます。
国際疼痛学会(IASP)は痛みを「実際の、または潜在的な組織損傷に関連する不快な感覚・情動体験」と定義しています。この定義は、痛みが純粋な身体現象ではなく、経験と文脈に依存することを強調しています。
参考文献
- IASP Pain Definition
- Pain genetics: past, present and future (Mogil 2012)
- Quantitative sensory testing: a comprehensive review
遺伝的要因と環境的要因の比率
双生児研究や家族研究の統合的レビューでは、実験的痛み感受性の遺伝率(遺伝的要因が説明する割合)はおおむね30〜50%と報告されています。熱・冷・圧など刺激様式により推定値は変動し、慢性痛の有病や強度では30〜60%程度とされます。
残りの50〜70%は、発達・学習歴、ストレス・睡眠・運動、心理特性(不安・抑うつ・痛みに対する破局化思考)、文化・期待(プラセボ/ノセボ)などの環境要因が占めます。これらは時期により変わりうるため、介入の余地があります。
遺伝と環境は独立ではなく相互作用します。特定の遺伝子変異をもつ人が、睡眠不足やストレス下でより過敏になりやすい、といった遺伝子×環境(G×E)効果が示唆されています。
したがって、感受性の個人差は固定された「体質」ではなく、遺伝的素因に経験・生活習慣・心理が重なって形作られる“可塑的な特性”と理解するのが実践的です。
参考文献
- Human genetics of pain: an update (Zorina‑Lichtenwalter 2018)
- Heritability of pain sensitivity: twin studies overview
- Mogil 2012 review
痛みの感じやすさの意味・解釈
痛み感受性が高いことは「性格が弱い」ことを意味しません。神経・免疫・内分泌・心理が統合した反応の閾値が低い、あるいは増幅が起きやすいことを示します。生存上の警報としては有利に働く局面もあります。
臨床的には、感受性が高い人は術後痛や慢性化のリスクがやや高く、早期の疼痛教育、睡眠・ストレス介入、運動療法、認知行動療法の併用が有益です。薬物反応性にも差が出るため、パーソナライズド医療の手がかりになります。
評価は多面的に行います。QSTや質問票(痛み破局化尺度PCS、痛み不安尺度PASSなど)、機能評価、睡眠・気分の測定を組み合わせ、単一の数値で決めつけないことが重要です。
コミュニケーションでは、痛みの正当性を認め、脳の学習性・可塑性を説明し、自己効力感を高める教育(pain neuroscience education)が有効とされています。
参考文献
関与する遺伝子および代表的変異
SCN9A(Nav1.7)は末梢侵害受容で中心的なナトリウムチャネルです。機能喪失変異は先天性無痛症を、機能獲得変異は発作性激痛症を引き起こすことが知られ、ヒトでの因果性が強固に確立しています。
OPRM1(μオピオイド受容体)のA118G多型は、内因性オピオイド機構やオピオイド鎮痛への反応差に関連。COMT(Val158Met)はカテコールアミン代謝を通じて痛み・情動の調整に関わり、特定ハプロタイプが高感受性と関連づけられています。
GCH1の“痛み保護”ハプロタイプは神経障害性痛の低下と関連する報告があります。MC1R変異(いわゆる赤毛関連)は麻酔・痛み反応の差と関連づけられ、熱痛感受性や揮発性麻酔薬の必要量に差が出る研究があります。
TRPV1/TRPA1などの侵害受容チャネル、FAAHなど内因性カンナビノイド経路の遺伝的多型も感受性に影響しうると報告されています。ただし効果量は多くが小さく、集団や表現型定義で再現性に差がある点に注意が必要です。
参考文献
- SCN9A mutations and pain insensitivity (Cox 2006)
- COMT haplotypes and pain sensitivity (Diatchenko 2005)
- GCH1 pain‑protective haplotype (Tegeder 2006)
- Redheads and anesthetic requirement (Liem 2004)
その他の知識:性差、睡眠、心理、介入
女性は平均して一部の実験的痛みで高感受性を示す傾向があり、性ホルモン周期や閉経、妊娠による変動が報告されています。性差は社会文化的期待や役割の影響も受けます。
睡眠不足は痛みの閾値を下げ、慢性的な短睡眠は痛み増悪や鎮痛薬反応性の低下と関連します。ストレスは交感神経・免疫反応を介して過敏化を促し、リラクゼーションやマインドフルネスは軽減に寄与しうることが示されています。
痛みへの注意・恐怖回避・破局化は感受性を高め、活動の低下と痛み循環を悪化させます。教育と段階的運動、認知行動療法により行動の回復と痛みの過敏性低下が期待できます。
プラセボは内因性オピオイド・カンナビノイドを介して痛みを下げ、ノセボは逆に増強します。期待と文脈を整えることは、薬物療法と同等に臨床効果を高める重要な要素です。
参考文献

