男性型脱毛症
目次
定義と概要
男性型脱毛症(androgenetic alopecia; AGA)は、思春期以降に始まる進行性の薄毛で、前頭部の生え際後退や頭頂部のボリューム低下が特徴です。男性ホルモン感受性の高い毛包が徐々に細く短くなる「毛包ミニチュア化」によって、太い毛が産毛様の細い毛に置き換わり、見た目の毛量が減っていきます。
世界的には成人男性の約半数が一生のどこかで何らかの程度のAGAを経験すると報告されています。進行速度は個人差が大きく、数年で目立つ場合もあれば、数十年かけて緩やかに変化することもあります。AGAは命に関わる疾患ではありませんが、自己イメージや生活の質(QOL)に影響します。
AGAは男性ホルモン(アンドロゲン)、特にテストステロンから変換されるジヒドロテストステロン(DHT)と、その受容体(アンドロゲン受容体:AR)の相互作用に依存します。DHTに反応しやすい毛包では成長期が短縮し、休止期が相対的に延長することで、毛髪の太さと密度が低下します。
診断は臨床像と家族歴、必要に応じてダーモスコピーや写真評価で進行度を判定します。治療選択には外用ミノキシジル、内服フィナステリド/デュタステリド、低出力レーザー療法、外科的な自毛植毛などがあり、継続が重要です。
参考文献
病態生理(DHTと毛包ミニチュア化)
AGAの中心は、5α-還元酵素によりテストステロンから生成されるDHTが、毛包の真皮乳頭細胞に存在するアンドロゲン受容体(AR)に結合することです。このシグナルは成長期(アナゲン期)を短縮し、毛包幹細胞ニッチや外毛根鞘のリモデリングを促して、毛包サイズの縮小を引き起こします。
DHTの局所濃度やARの感受性は部位ごとに異なり、前頭〜頭頂部が影響を受けやすく、側頭部や後頭部は比較的抵抗性です。これは毛包の遺伝的プログラムと、局所酵素活性(5α-還元酵素I/II型)の差が関与していると考えられています。
Wnt/β-カテニン経路やプロスタグランジン、BMPシグナルなど、毛包周期を制御する他の経路もミニチュア化に寄与します。これらの経路の微妙なバランスの崩れが、毛包の再生能低下と細毛化を進めます。
フィナステリド(II型5α-還元酵素阻害薬)やデュタステリド(I/II型阻害薬)はDHT生成を抑え、外用ミノキシジルは毛包の血流やシグナルに作用して成長期を延長します。治療反応は維持療法で最大化され、中止で元の経過に戻るのが一般的です。
参考文献
遺伝と環境(寄与率)
AGAは多因子遺伝形質で、家系内集積が明瞭です。双生児研究からの推定では、男性のAGAの遺伝率(表現型の分散に対する遺伝因子の割合)はおおむね0.8前後と報告され、強い遺伝的寄与が示唆されます。
一方で、喫煙、代謝異常、慢性的ストレス、頭皮炎症などの環境要因も進行や重症度に影響しうるとされます。ただし、環境要因の効果量は個人差が大きく、因果関係は研究により一様ではありません。
ゲノムワイド関連解析(GWAS)はAGAの多遺伝子性を裏付け、数百の共通変異がわずかな効果を累積してリスクを規定することを示しています。これは「遺伝率が高い=単一遺伝子疾患」ではないことを意味します。
実務的には、遺伝:環境の寄与は概算で80:20程度と理解すると説明しやすいですが、個人別には幅があり、生活習慣の最適化で進行速度を緩められる可能性があります。
参考文献
- Experimental Dermatology: The genetics of AGA (Heilmann-Heimbach et al.)
- PLOS Genetics: Genetic prediction of male pattern baldness
関与する遺伝子と代表的変異
最も頑健に再現されているのはX染色体のAR/EDA2R座位で、アンドロゲン受容体の発現や機能に影響するバリアントがリスク上昇と強く関連します。母系からの遺伝だけが重要という俗説は誇張で、父系由来の常染色体座位も多数関与します。
常染色体では20p11座位が大規模GWASで確立し、その他にHDAC9、WNT経路(例:WNT10A関連領域)など、毛包発生・維持に関わる経路の近傍に多数のリスク座位が見つかっています。
これらは主に共通多型(SNP)で、単独の決定的変異ではありません。多くの小さな効果が積み重なり、個人の感受性や発症年齢、パターンに影響します。
臨床ではポリジェニックリスクスコアの応用が検討されていますが、現時点で個別治療の標準には至っておらず、診療では臨床像と治療反応性を基に方針を決めます。
参考文献
- Nature Genetics: 20p11 locus associated with male-pattern baldness
- PLOS Genetics: Genetic prediction of male pattern baldness
- MedlinePlus Genetics: Androgenetic alopecia
診断・治療とその他の知識
AGAは見た目の変化が中心で健康寿命への直接影響は小さいものの、心理社会的影響は無視できません。うつ、不安、自己評価の低下が報告され、必要に応じてカウンセリングやヘアスタイリングの工夫も有用です。
治療の第一選択は外用ミノキシジルと内服フィナステリド/デュタステリドです。効果は数カ月単位で評価し、維持で最大化されます。副作用には性機能低下や肝機能変動などがまれにあり、医師と相談して継続可否を判断します。
生活習慣では禁煙、体重管理、バランスの良い食事、頭皮の過度な牽引や刺激を避けることが推奨されます。喫煙と重症度の関連、代謝異常との関連を示す報告がありますが、個々の効果は限定的です。
円形脱毛症や皮膚疾患による脱毛、低フェリチンや甲状腺異常など他の原因もあるため、急激な抜け毛や斑状の脱毛、瘢痕や紅斑を伴う場合は皮膚科受診が重要です。
参考文献

