甲状腺中毒症(甲状腺機能亢進症)
目次
定義と分類
甲状腺中毒症は、血中に甲状腺ホルモン(T3/T4)が過剰に存在し、全身の代謝が過度に高まった状態を指します。臨床ではしばしば「甲状腺機能亢進症」と同義で用いられますが、厳密には甲状腺自体の産生が高まっているかどうかで区別されます。例えば外因性にホルモンを過量摂取した場合は中毒症であっても、甲状腺機能は元来亢進していないことがあります。
原因は大きく、自己免疫性のバセドウ病、甲状腺結節の自律性機能亢進(中毒性多結節性甲状腺腫・中毒性腺腫)、破壊性甲状腺炎(亜急性・無痛性・産後甲状腺炎)、外因性ホルモン過量、ヨウ素過剰やアミオダロンなどヨウ素負荷関連に分けられます。各々で診断と治療の方針が異なります。
甲状腺中毒症では、甲状腺刺激ホルモン(TSH)は負のフィードバックにより低下するのが一般的で、遊離T4や遊離T3は上昇します。T3優位型では遊離T3の上昇が目立つことがあり、動悸・焦燥感など症状が強い割にT4上昇が軽度のことも見られます。
日本は食文化上ヨウ素摂取が多い地域であり、バセドウ病の頻度は欧米と同程度ですが、多結節性による中毒症は相対的に少ないとされます。一方で破壊性甲状腺炎は比較的多く、臨床現場では鑑別が重要です。
参考文献
- Endotext: Hyperthyroidism and Other Causes of Thyrotoxicosis
- NIDDK: Hyperthyroidism
- American Thyroid Association (ATA) Guidelines 2016
- Okamura K. Thyroid diseases in iodine excess areas (Japan)
症状と合併症
典型的な症状は、動悸・頻脈、体重減少、暑がり、発汗過多、手指振戦、焦燥感や不眠、筋力低下、下痢傾向などです。高齢者では無気力・うつ様・食欲不振など目立ちにくい症状(アパシー型)で見逃されることがあります。
バセドウ病では眼球突出や眼窩周囲の不快感、視力障害を来す甲状腺眼症を伴うことがあります。重症例では視神経障害や角膜潰瘍のリスクがあり、喫煙が進行リスクを高めることが知られています。
心血管合併症として心房細動、心不全の発症・増悪が重要です。とくに高齢者の甲状腺中毒症では心房細動がしばしば初発所見となり、塞栓症リスク評価と適切な管理が必要です。
その他、骨粗鬆症・骨折リスクの増加、糖代謝異常や妊娠合併症(流早産・胎児発育不全)などが知られます。甲状腺クリーゼはまれですが致死的で、発熱・頻脈・意識障害・肝障害などを呈し、迅速な集中治療が必要です。
参考文献
- NIDDK: Hyperthyroidism - Symptoms and complications
- Endotext: Graves’ Disease
- NHS: Overactive thyroid (hyperthyroidism)
発症機序
バセドウ病は自己免疫機序が中心で、TSH受容体に対する刺激型自己抗体(TRAb/TSI)が甲状腺濾胞細胞を慢性的に刺激し、ホルモン産生と増殖を促します。眼症は線維芽細胞のTSH受容体・IGF-1受容体への自己免疫反応が関与すると考えられています。
中毒性結節性甲状腺腫や中毒性腺腫では、甲状腺細胞のTSH受容体やGNAS経路などに体細胞変異が生じ、自律的にホルモンを産生します。これらはヨウ素摂取の少ない地域で頻度が高いことが知られます。
破壊性甲状腺炎では、ウイルス関連や産後などの免疫揺り戻しを背景に、甲状腺濾胞の破壊により貯蔵ホルモンが一過性に漏出して中毒症を呈します。その後一過性の甲状腺機能低下を経て回復する経過が典型的です。
薬剤性ではアミオダロンに代表されるヨウ素高含有薬剤や、免疫チェックポイント阻害薬、IFN-αなどが関与します。アミオダロンはヨウ素誘発型(I型)と破壊性(II型)の二機序があり、治療が異なるため鑑別が重要です。
参考文献
- ATA Guidelines 2016 for Hyperthyroidism
- Endotext: Hyperthyroidism and Other Causes of Thyrotoxicosis
- Endotext: Graves’ Ophthalmopathy
遺伝と環境の関与
双生児研究では、バセドウ病の遺伝率はおおむね高く、60〜80%程度と推定されます。一方で発症には環境因子の影響も大きく、全体を単純な比率で断定することは困難です。
関連遺伝子としてHLA-DRB1、CTLA4、PTPN22、TSHR、FCRL3、TG、TPOなどが挙げられ、免疫制御や甲状腺抗原提示の異常を介して自己免疫を惹起すると考えられています。
環境要因では喫煙、ヨウ素摂取の過不足、ストレス、妊娠・産後、感染、セレニウム不足、ビタミンD低下などが報告されています。薬剤ではアミオダロン、IFN-α、免疫チェックポイント阻害薬が有名です。
喫煙は甲状腺眼症のリスクと重症度を上げ、放射性ヨウ素後の眼症増悪とも関連します。禁煙は再発抑制や眼症予防の観点から強く推奨されます。
参考文献
- High Heritability of Graves’ Disease in a Danish Twin Study (Thyroid 2012)
- Endotext: Graves’ Disease (genetics and environment)
- Review: Smoking and thyroid disease
診断と治療
診断はTSH低下と遊離T4/遊離T3上昇の確認が基本で、原因同定にTRAb測定、甲状腺エコー、放射性ヨウ素摂取率(必要時)、炎症マーカーなどを用います。薬剤歴・サプリ・ヨウ素曝露の聴取も重要です。
症状緩和にはβ遮断薬(プロプラノロール、ビソプロロール等)を用い、基礎治療は原因に応じて抗甲状腺薬(メチマゾール、プロピルチオウラシル)、放射性ヨウ素治療、手術を選択します。妊娠初期はPTUを優先し、重篤な副作用(無顆粒球症・肝障害)に注意します。
放射性ヨウ素は結節性・再発例に有効で、禁忌(妊娠・授乳)に留意します。手術は巨大甲状腺腫、圧迫症状、眼症重症例、薬剤不耐などで検討します。破壊性甲状腺炎では抗甲状腺薬は無効で、β遮断薬中心に支持療法を行います。
治療後は甲状腺機能低下症に移行することがあり、レボチロキシンで補充します。再発予防には禁煙、適正なヨウ素摂取、薬剤の適正管理、合併症評価が重要です。
参考文献

