特発性肺線維症
目次
特発性肺線維症(IPF)の概要
特発性肺線維症(idiopathic pulmonary fibrosis, IPF)は原因不明の進行性間質性肺疾患で、肺胞上皮の傷害と異常な修復反応により線維化が進み、労作時の息切れと乾性咳を生じます。診断は臨床像、胸部高分解能CT(HRCT)でのUIPパターン、病理所見の総合で行われ、他の原因による間質性肺疾患を除外する必要があります。
病態は慢性・不可逆的で、自然経過では徐々に肺機能(特に肺拡散能DLCO)が低下します。急性増悪を繰り返すことがあり、予後に大きく影響します。発症年齢は主に60歳以降で、男性に多い傾向があります。喫煙歴や職業曝露がリスクとされます。
疫学的には世界で比較的稀な疾患ですが、人口高齢化に伴い罹患は増加しています。報告によりばらつきがあり、定義やコーディング方法の違いが数値差の一因です。日本でも同様の傾向がみられ、診療体制と患者支援の整備が進んでいます。
治療は抗線維化薬(ピルフェニドン、ニンテダニブ)を中心に、酸素療法、呼吸リハビリテーション、肺移植などの包括的管理が重要です。近年のガイドラインは薬物療法の適正使用と合併症管理、急性増悪対応、緩和ケアの統合を推奨しています。
参考文献
症状と臨床所見
もっとも一般的な症状は徐々に進行する労作時呼吸困難と持続する乾性咳です。症状は数ヶ月から数年かけて進行し、階段昇降や速歩で息切れを自覚することが多く、下気道感染や急性増悪を契機に急速に悪化することもあります。
身体所見では両側下肺野の吸気終末に聴取される“ベルクロ(面ファスナー)様”断続性捻髪音が特徴的で、ばち指を伴うことがあります。体重減少や全身倦怠感など非特異的所見もみられます。
肺機能検査では拘束性換気障害(FVC低下)と拡散能低下(DLCO低下)が典型的です。動脈血酸素分圧低下や運動負荷での低酸素血症、6分間歩行試験での距離低下も評価に有用です。
合併症として肺高血圧症、虚血性心疾患、GERD(胃食道逆流)、肺癌などが多く、症状・予後に影響します。急性増悪は新規に両側性すりガラス影を伴い、致死的となり得るため迅速な対応が求められます。
参考文献
- MSD Manual Professional: Idiopathic Pulmonary Fibrosis
- NHLBI: Idiopathic Pulmonary Fibrosis - Symptoms
発生機序(病態)
IPFの中心病態は、反復する微小な肺胞上皮傷害に対する異常な修復です。炎症優位ではなく、上皮・間質の相互作用の破綻により、線維芽細胞集簇(fibroblast foci)が形成され、過剰な細胞外基質沈着が生じます。
TGF-βシグナル、Wnt/β-catenin、YAP/TAZなどの経路が活性化し、上皮細胞の上皮間葉転換や線維芽細胞のミオファイブロブラスト化を促進します。老化関連表現型、酸化ストレス、ミトコンドリア機能異常も関与します。
遺伝的素因としてテロメア短縮や粘液産生の調節異常(MUC5Bプロモーター変異)が知られ、宿主因子が組織修復のバランスを歪めることで線維化が進行すると考えられます。ウイルス感染、微小誤嚥、粉じん曝露など環境要因がトリガーとなり得ます。
病理学的には通常型間質性肺炎(UIP)パターンが特徴で、時空間的な不均一性、蜂巣肺、線維芽細胞巣が認められます。HRCTでも同様の所見が反映され、基底部優位の網状影・牽引性気管支拡張・蜂巣状変化が診断を補強します。
参考文献
- NEJM Review: Pathogenesis of Idiopathic Pulmonary Fibrosis (Lederer & Martinez, 2018)
- 2018 ATS/ERS/JRS/ALAT guideline for diagnosis of IPF
遺伝的・環境的要因
MUC5Bプロモーター変異(rs35705950)は欧米集団で最も強い遺伝学的リスクで、ヘテロ接合でオッズ比約6、ホモ接合でさらに高く、人口寄与危険割合は30%前後と報告されています。日本人では頻度が低く、影響の程度は集団により異なります。
テロメア維持関連遺伝子(TERT, TERC, RTEL1, PARNなど)やサーファクタント関連遺伝子(SFTPC, SFTPA2)変異は家族性肺線維症の原因として確立しており、散発例でも短テロメアが予後不良に関連します。
環境要因として喫煙、金属・木材粉じん、農業・畜産曝露、溶接ヒューム、ウイルス、胃食道逆流に伴う微小誤嚥、交通由来の大気汚染(PM2.5)がリスクとされます。複数要因の累積で発症リスクが上昇します。
遺伝と環境の寄与を単純な比率で分けることは困難ですが、家族性は全体の5~20%、MUC5B変異の人口寄与危険割合は約30~35%、主要環境因子の寄与は合わせて30~40%程度とする報告があり、相互作用が大きい点に留意が必要です。
参考文献
- NEJM: A Common MUC5B Promoter Polymorphism and Pulmonary Fibrosis (Seibold et al., 2011)
- MedlinePlus Genetics: Idiopathic pulmonary fibrosis
- BMJ Open: Risk factors for IPF – systematic review (Hutchinson et al., 2014)
治療とケア
抗線維化薬ピルフェニドンとニンテダニブは、FVC低下の抑制、急性増悪リスクの低減に寄与することが示されています。副作用(光線過敏、消化器症状、肝機能障害、下痢など)への対応と継続可能な用量設定が重要です。
支持療法として在宅酸素療法、呼吸リハビリ、栄養管理、ワクチン接種(インフルエンザ・肺炎球菌)、禁煙支援、睡眠時無呼吸やGERDの管理が推奨されます。適応があれば肺移植が根治的選択肢です。
急性増悪時は早期認識と感染除外、酸素化・呼吸補助、必要に応じたステロイド短期投与などが行われます。予後予測は複合スコア(GAPなど)や連続的な肺機能変化で評価されます。
最新ガイドラインは、抗線維化薬の使用を推奨し、抗酸化N-アセチルシステイン単剤や長期ステロイドは推奨しません。逆流治療については一律推奨せず、個別化を提案しています。患者教育とアドバンス・ケア・プランニングも重要です。
参考文献

