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正常眼圧緑内障

目次

定義と疫学

正常眼圧緑内障(normal-tension glaucoma, NTG)は、眼圧が統計学的に正常範囲(しばしば21mmHg以下)であるにもかかわらず、視神経乳頭や網膜神経線維層の障害と視野欠損が進行する原発開放隅角緑内障の一表現型です。日本や東アジアではNTGの割合が高く、日本の疫学研究では原発開放隅角緑内障の大半をNTGが占めます。

代表的な日本の多治見スタディでは、40歳以上を対象とした住民調査で原発開放隅角緑内障の有病率は約3.9%で、その約9割が正常眼圧域でした。この所見は、アジア人でNTGが相対的に多いことを示し、診断・治療戦略の策定に大きな影響を与えました。

世界的には緑内障全体の有病率(40–80歳)は約3.5%と推定され、地域や人種でばらつきがあります。NTGの割合は欧米よりアジアで高い傾向があり、同じ緑内障でも人種・環境・医療アクセスの違いが反映されます。

疫学データは研究デザインや診断基準により変動しますが、加齢とともに罹患率が上昇すること、家族歴や視神経の形態学的脆弱性がリスクになることは各研究で一貫しています。これらはスクリーニングや早期介入の重要性を裏付けます。

参考文献

症状と診断

NTGの自覚症状は初期には乏しく、見えにくさに気づく頃には視野障害が進行していることが少なくありません。頭痛や眼痛などの痛みは通常目立たず、運転中や読書中の見落とし、薄暗い場所での見づらさなどがきっかけになることがあります。

診断は、眼底検査での視神経乳頭陥凹の拡大や出血、網膜神経線維層(RNFL)の欠損、OCT(光干渉断層計)による構造的評価、静的量的視野検査による機能的評価を組み合わせて行います。

眼圧は日内変動や季節変動があるため、単回測定の正常で否定できません。角膜厚が薄いと眼圧が低く測定されるため、角膜厚(CCT)の測定も診断補助に重要です。隅角は開放であることを前提とし、閉塞機序は除外します。

全身評価として、低血圧傾向、夜間過度降圧、片頭痛やレイノー現象など血管調節異常の既往、睡眠時無呼吸症候群の有無などを聴取し、NTGの進行リスク評価に役立てます。

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病態生理

NTGでは、機械的圧負荷による視神経障害だけでは説明しきれず、循環障害や神経変性の脆弱性が関与すると考えられています。眼圧が正常でも、視神経乳頭の易損性や後部視神経の灌流不足が相対的な虚血ストレスをもたらします。

血管調節異常(Flammer症候群)、夜間過度降圧、微小血管障害、視神経乳頭出血は進行と関連します。反復する軽度虚血と再灌流は酸化ストレスを亢進し、グリア反応性変化やアポトーシスを誘導すると考えられます。

ミトコンドリア機能障害や神経炎症、グルタミン酸興奮毒性、トラベキュラー網の異常なども候補機序です。これらは患者ごとに寄与度が異なり、表現型の多様性や治療反応性の差につながります。

結果として、構造ダメージ(RNFL菲薄化、乳頭陥凹拡大)と機能障害(視野欠損)が乖離しうるため、総合的・縦断的評価が必要となります。病態理解は、眼圧以外の修飾因子への介入の根拠にもなります。

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遺伝学と環境要因

NTGは多因子性で、個々の遺伝的素因と環境因子が相互作用します。家族内集積は示され、第一度近親者のリスク上昇が報告されていますが、単一遺伝子で説明できる症例は一部に限られます。

遺伝的にはOPTN(optineurin)変異(E50Kなど)、TBK1遺伝子のコピー数変化、CDKN2B-AS1領域、SRBD1やELOVL5などが関与候補として報告されています。人種差もみられ、日本人ではSRBD1/ELOVL5の関連が示唆されました。

環境・全身因子として、低血圧や夜間降圧、片頭痛、レイノー現象、睡眠時無呼吸、喫煙、寒冷曝露、過度の交感神経緊張などが進行リスクに関与します。角膜厚薄、乳頭出血、傾斜乳頭盤など眼局所の解剖学的素因も重要です。

遺伝率は表現型や集団により幅があり、NTG特異の厳密な割合は未確立です。緑内障全般では中等度の遺伝率が示唆され、環境因子の修飾余地があることが臨床的に意味を持ちます。

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治療と予防

最も確立した介入は眼圧下降で、正常域でも平均20–30%の低下を目標とします。CNTGSでは約30%の眼圧下降が無治療群に比して進行リスクを有意に減少させました。薬物ではPG関連薬、β遮断薬、炭酸脱水酵素阻害薬、α2作動薬、Rhoキナーゼ阻害薬などを選択します。

レーザー線維柱帯形成術(SLT)は低侵襲で追加治療に有用です。進行例では濾過手術(トラベクレクトミー等)を検討します。全身的には夜間過度降圧の是正、睡眠時無呼吸の治療、禁煙、適度な運動、寒冷曝露の回避など、血流の安定化を図ります。

予防の観点では、確立した一次予防はありませんが、定期的な眼科検診での早期発見・介入が二次予防として最重要です。40歳を過ぎたらOCTや視野検査を含む総合的検査を受けることが推奨されます。

患者教育として、点眼アドヒアランスの維持、自己中断の回避、視野進行サイン(見落とし増加、暗所の見づらさ)への注意喚起が重要です。多職種と連携し、全身併存症の最適化を並行して行います。

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